「医」の最前線 緩和ケアが延ばす命

末期がんの終末期-緩和ケア〔7〕
苦しいのは痛みと限らない

 「(がんを患っている)家族が痛みでのたうち回って…」。インターネットを閲覧していると、がん患者の家族からなのでしょう、こんな投稿を目にする機会が少なくありません。このほかにも、「(痛み止めの)モルヒネを増やしても効かなくてかわいそうだった」「モルヒネを増やしたら意識が低下して亡くなった」というような投稿もよく見かけます。

 このように周囲が感じる根底には、誤解があります。がんで亡くなるまでにどんな経緯をたどるかということが十分に知られていない、情報提供されていないことが原因です。そこで、どこに、どのような誤解があるのか、これから説明します。

せん妄というとイラストのように興奮した様態を思い浮かべるが、終末期せん妄は身の置き所のない形を取ることがあり、正しく認識されにくい(イメージ)

 ◇最後まで意識ははっきりしている?

 まだまだ社会には「がんの末期=痛い」という思い込みが広く存在していますが、これが最初の誤解です。実際、全員が全員に痛みが出るわけではありません。最期まで痛みが出ないこともあります。

 一方で、最期を迎えるまで健康な時と同様にはっきりとした意識を保つことは、ほとんどありません。なぜなら、全身状態が悪ければ、意識も混濁したり変容したりするからです。

 このような意識の混濁や変容を「せん妄」と呼びます。終末期のせん妄はしばしば「身の置き所がない」という様相を呈します。

 ◇「身の置き所がない」

 こうなると、ベッド上で体位を頻繁に自分で変えたり、掛け布団を「重い」とはね飛ばしたりします。自分でできなければ、こうしたことを行ってほしいと周囲へ訴えます。

 このほか、「だるい」とおっしゃることもあります。一般に、死期が迫った段階では思うように体を動かすことができず、顔をしかめ、体位が定まらなくなります

足だけ布団をかけたがらない。布団や足が重いと仰る方もいる。身の置き所のなさを示す一つと考えられる(イメージ)

 このような状況で周囲から「痛い?」と質問されると、うなずくことはあります。でもこの段階では、「だるい?」とか「気持ち悪い?」とかの質問に対しても、同じようにうなずくこともしばしばあるのです。

 これらの具体的な身体症状があるというよりも、せん妄などで意思の疎通が困難になっていて、周囲からの呼び掛けの内容が理解できないままうなずいているだけ、という場合もあります。このような患者の状態は、終末期の診療に習熟している医療者ならば見分けられます。

 ◇他に原因の可能

 患者の家族の視点ではどうでしょう。

 「痛い?」との質問にうなずかれれば、「痛がっている」と思うのが当然です。そうすれば「何とか痛みを取ってもらえませんか。医療用麻薬を使ってでも」と医師に希望されるでしょう。しかし、このような患者の反応は痛みからというよりも、他の原因が主である可能性が相当高いのです。

 確かに痛みを放置することは、せん妄を悪くします。一方で、痛みに対して過剰に医療用麻薬を使うこともまた、せん妄を悪くしますから、この時期の患者さんの痛みを和らげるには、相当繊細な治療が要求されます。

 しかも、痛みがないにもかかわらず医療用麻薬を用いれば、せん妄はより悪くなる可能性があり、ひいては本当に患者を苦しめている「身の置き所のなさ」を悪化させる可能性もあるのです。

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