こちら診察室 介護の「今」

過疎の村で老いる 第13回

 「この村では、要介護4や5の人は少ないんですよ」と、近畿地方南部にある過疎の村のケアマネジャーは切り出した。

 介護保険の要介護度は、重い方から要介護5〜1、要支援1と2の7段階に分けられている。要介護4と5は最も重度な人たちで、医療ニーズも高い。

 村人が元気な証拠なのだろうか?

 否、「医療ニーズが高くなったら、自宅で暮らせないんです」と、ケアマネジャーの木村さん(登場人物はすべて仮名)はつぶやいた。

近畿地方南部の過疎の村には、熊野古道が延びていた

近畿地方南部の過疎の村には、熊野古道が延びていた

 ◇救急車で病院まで2時間

 訪問診療医は、その村にはいない。隣接する自治体に近い地区は、何とかやって来てくれるが、村の面積は広く、訪問診療がかなわない地区も多い。救急車を呼んでも、到着までに1時間、病院までさらに1時間という地区も普通だ。

 入所施設も30床あまりの特別養護老人ホームがあるだけで、入所には何年もの待機が必要になる。在宅介護サービスも民間企業の参入はなく、村の社会福祉協議会がホームヘルプサービスやデイサービスなど、限られたサービスを提供するだけだ。だから、重度になれば、村外での生活を余儀なくされることが多い。

 ◇訪問の途中で迷う

 定期的に要介護者の自宅を訪問する木村さんは「病気をせずに元気でいてくれたら、それだけでいい」と話す。

 訪問は車。コンビニや自販機などあるわけはなく、弁当とお茶を車に積み込み、朝一番に事業所を出発する。

 山また山。湧き上がる雲海を見下ろしながら集落を回る。1日の走行距離が100キロを超えることも珍しくない。

 車道に車を置き、利用者の家まで歩く途中に山道で迷い、1時間たってもたどり着けずに帰って来たこともあったという。

 はるか下に激流を見ながら、つり橋を渡って訪問をする家もある。「揺れて怖いですね」と言うと、「俺たちが造った橋だから大丈夫だよ」と返され、余計に怖くなったというエピソードもあった。まさに秘境だ。車の燃料費だってばかにならない。

 ◇私設モノレールを使って

 介護サービスを利用するためには、利用者側からのアクセスを求められることもある。ケアマネジャーやヘルパーは車道から続く長い階段を上って訪問してくれるが、デイサービスの送迎車は、車道までしか来てくれない。

 中村ふさ子さんは98歳だ。介護していた次男が脳梗塞で倒れ、街に出ていた五男の和夫さん(62歳)が、悩んだ末にこの村に帰り、母親の介護を引き継いだ。

 90歳を過ぎてからもしばらくは、長くて急な階段を自分の足で上り下りしていたふさ子さんだが、さすがに今は難しい。そこで、和夫さんは荷物の搬送用に使っていた私設のモノレールを人が乗れるように改造した。

 「最初は怖かったけど、今は慣れたよ」と、ふさ子さんは目を細める。デイサービスを利用するために、ふさ子さんはモノレールに乗り、車道まで下りていく。

 ◇住む人を失う家

 ケアマネジャーの木村さんは訪問を始めた頃、「すごいなあ、こんな所にも暮らしがあるんだ」と驚きの連続だったと言う。やがて木村さんは、「そこには掛け替えのない暮らしがあり、多くの利用者はその継続を何よりも願っているのだ」と肌で感じるようになっていった。

 この村でも、独居高齢者が増えている。方々で清流が滝となって流れ落ち、夕暮れ時には鹿の鳴き声が悲しげに響く。そんな大自然に抱かれて、人々は懸命に暮らし続けてきた。しかし今、住む人を失う家が増えている。

 ◇村全体が限界集落

 関東地方に面積の93%が林野という村がある。人口に占める65歳以上の割合は5割をすでに超え、村全体が限界集落化して久しい。高齢者は買い物に出るのも難しく、移動販売車が演歌を流しながら集落を巡る。

 この村もまた、医療や介護サービスが極端に少ない。

 そんな村で、認知症と精神疾患をそれぞれに持ち、お互いをかばい合うように暮らす兄弟がいた。自宅は荒れ、屋根のほころびをブルーシートで覆って暮らしていた。近隣(といってもかなり離れてはいるが)から、「火事でも起こされたら…」と苦情が何度も寄せられた。

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