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地域で暮らす権利 第9回

 誰もが地域で暮らす権利がある。しかし、重い精神障害を抱える人には、その権利の行使がとても難しい。

 ◇退院後も支援が必要

 重い精神障害を持つ人が入院すると、精神症状を軽減するための治療プログラムが実施される。医師、看護師、セラピストなどの多職種がチームを組んでプログラムを実施するのが一般的だ。ところが、あくまでも症状の軽減であって、たとえ退院しても継続的な支援がなければ、症状がぶり返してしまう。

 しかし、現状では、多職種が退院後もチームで関わっていくのは容易ではない。最も大きな理由は、診療報酬上の裏付けがないからだ。

退院した患者宅へは、2人以上で訪問する

 ◇スタッフ確保の難しさ

 ある国立病院機構の精神科病棟の例を紹介しよう。

 そもそも精神科病棟の入院基本料は、一般急性期病棟に比べて低めに設定されている。その上、精神科の退院支援には高度なスキルが求められる。さらに手間暇がかかるため、必要な退院支援スタッフを確保することは難しい。加えて、この精神科病棟には特殊な事情がある。

 ◇医療観察法病棟併設の弊害

 この精神科病棟の一つが、いわゆる「医療観察法病棟」なのだ。これは、医療観察法で規定された「指定入院医療機関」に当たる。

 同法は、殺人、重い傷害、放火、強盗、不同意性交、不同意わいせつなどといった重大な他害行為に及んだにもかかわらず、精神障害により実刑を免除された者を対象にした法律だ。そうした対象者に、病状の改善と他害行為の再発防止を図り、社会復帰を促進することを目的としている。

 同法の指定入院医療機関は2023年4月1日現在、全国に34施設(856床)が整備されている。

 医療観察法病棟の診療報酬は極めて高く、通常の精神科病棟に比べて患者1人当たり4〜6倍の診療報酬が算定できるという。

 ざっくり言うと、患者1人当たりの1日の入院料は、通常の精神科病棟では約1万円であるのに対し、医療観察法病棟では4〜6万円になるのだ。

 精神科病棟運営の厳しい台所事情もあり、医療観察法病棟にスタッフを多く割り当てるようになる。結果として、病院経営の面ではプラスにはなるものの、重大な他害行為を行っていない圧倒的多数の精神障害の患者に対するケアが薄くなったり、もうからない在宅復帰支援がますます難しくなったりするという弊害が生じている。

 ◇広範囲の在宅復帰支援

 そんな厳しい状況下でも、この精神科病棟では多職種がチームを組み、在宅復帰支援を行っている。チームには、精神科医、看護師、作業療法士、心理療法士、精神保健福祉士が参加する。

 退院準備だけではなく、退院後には、地域で暮らす患者への積極的な訪問を行う。

 住居探しや家主との調整、賃貸契約の補助、就労・年金・生活保護・金銭管理のアドバイス、内服薬の持参、受診同行、主治医との連絡調整、病気の自己管理への助言、心理カウンセリング、買い物・料理・掃除などの手助け、交通機関の利用支援、家族・友人・近隣などとの関係づくり、福祉サービスの利用支援、危機的な状況に陥った際の介入、家族支援など、支援内容は極めて広範囲だ。

 看護師が住居探し、精神保健福祉士が家の掃除、作業療法士が受診同行、心理療法士が買い物支援をすることもある。

 ◇印鑑登録の同行も

 40代の女性患者は退院の準備中だ。そんなある日、在宅復帰支援チームの看護師と精神保健福祉士は、印鑑登録を手伝うために患者の外出に同行した。行き先は市役所。女性患者は同チームの援助で県営住宅への入居が可能となり、手続きに印鑑登録が必要になったからだ。

 女性患者は、10年以上に及ぶ入院生活を経て、初めての一人暮らしを始める予定だ。女性患者は「退院できる日が楽しみです」と目を細めた。

 ◇デリケートな病状管理

 数カ月前にアパートで一人暮らしを始めた男性患者(30代)を、精神科医と看護師が訪問した。原則として訪問は2人で行う。

 医師は患者から気分の浮き沈みなどを聞き取った上で、抗精神病薬を注射した。注射の量は通常の2分の1。実はこの量では診療報酬を算定できない。「通常の量を投与したのでは、この患者には多過ぎる」と医師は言う。

 特に地域で暮らす患者への抗精神病薬の投与はデリケートで、ただ単に症状を抑え込めばよいわけではない。薬が生活のための活力を抑制することがあってはならないのだ。「現行の保健医療制度には柔軟さがない」と医師は付け加えた。

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