こちら診察室 「無塩無糖」の世界

無塩食に高血圧薬は毒?
~教えられた時の驚き~ 第6回

 高血圧の薬には大きく分けて3種類あります。一つは血液中のナトリウムを腎臓から尿に出す「利尿薬」です。二つ目は血管を広げて血圧を下げる「血管拡張薬」です。代表的な薬がカルシウム拮抗薬です。三つ目は以前お話しした血圧や体液を維持するホルモンであるレニン(R)、アンジオテンシン(A)、アルドステロン(A)のRA系システムを抑制する「RA系抑制薬」です。

アマゾンの毒蛇ハララカ

 ◇毒蛇から開発されたRA系抑制薬

 RA系システムのホルモンであるレニン、アンジオテンシン、アルドステロンは連動して血圧や体液を維持しています。そこで、これらのホルモンを阻害・抑制することで血圧を下げる薬の開発が行われました。1960年代後半、南米アマゾンに生息する毒蛇ハララカ(別名アメリカハブ)の毒にアンジオテンシンを阻害する作用(ACE阻害)があることが発見されました。その毒ペプチドをヒントに1975年米国でカプトプリルが合成され、81年に世界初のRA系抑制剤として発売されました。

 血圧が維持できなくなる 

 高血圧の勉強をするために弟子入りした福岡市の荒川規矩男先生宅に伺った時のことです。荒川先生は世界で初めて人間のアンジオテンシンを分離して取り出し、同定した高血圧学者です。荒川先生が「中尾先生は無塩食ですから、RA系抑制薬(ACE阻害薬)は『毒』です」と言われました。高血圧症の患者さんが内服しているRA系抑制薬が無塩食の筆者にとって毒と言われて驚き、すぐに理解できませんでした。

 食事に塩を使わない無塩食の場合、食材に含まれているナトリウムだけで体液量や血圧を維持するためにRA系ホルモンのシステムが働いています。もし筆者がRA系抑制剤の高血圧薬を内服すると、腎臓からナトリウムを再吸収できなくなり、血圧が維持できなくなります。アマゾン奥地のヤノマミ族はこの毒蛇を恐れています。

 RA系抑制薬の添付文書には、厳重な減塩療法中の患者さんには慎重投与することと記載されています。RA系抑制薬を内服中の高血圧の患者さんで、厳重な減塩食もしくは無塩食にする場合は主治医と相談してください。

 高血圧患者さんの無塩食の効果

 3人の高血圧患者さんについて、食塩の入った調味料や加工食品を取らない無塩食の効果を検討しました。

 ▽72歳女性。無塩食前の食塩摂取量は1日当たり7.7グラム(g)でした。高血圧薬アジルサルタン(RA系抑制薬)20ミリグラム(mg)とアムロジピンベシル塩酸(血管拡張薬)2.5mgを内服して、血圧は最高122、最低76でした。無塩食後の食塩摂取量は1日当たり1.6gで、高血圧薬を2剤とも中止しても血圧は最高125、最低70と正常な範囲を維持できました。

中尾家の「無塩そば」

 ▽80歳男性。無塩食前、高血圧薬テルミサルタン(RA系抑制薬)40mgとアムロジピンベシル塩酸(血管拡張薬)2.5mgを内服して、血圧は150/92mmHgでした。無塩食後の食塩摂取量は同0.8gとなり、高血圧薬2剤中止しても、血圧は最高127、最低73と改善しました。

 ▽62歳男性。無塩食にする前は高血圧薬内服なしで血圧は最高153、最低105でした。無塩食後の食塩摂取量は1日当たり2.1gで、血圧は最高133、最低91まで低下しました。

 ◇「無塩そば」

 そばが好きな日本人は多いと思います。筆者もそばを食べたくなる時がありますが、外食では「無塩そば」がないので自宅で作ります。「無塩そば」が売られています。そば粉に含まれるナトリウムで、乾麺100g当たりの食塩相当量は0~0.04gです。「肉野菜そば」にして食べると、食塩相当量は0.1~0.2gになります。(了)


 中尾正一郎(なかお・しょういちろう) 日本循環器学会専門医・日本内科学会認定内科医。1973年、鹿児島大学医学部卒業。米ハーバード大学医学部(循環器内科)、米マウント・サイナイ大学医学部(臨床遺伝学)留学を経て、95年、新しい疾患「心ファブリー病」を医学雑誌「NEJM」で日本から世界に発信。99年、鹿児島県立鹿屋医療センター院長に就任し、日本初の2カ所主治医制による地域医療「鹿屋方式」を構築。NHK「クローズアップ現代」で紹介された。「高血圧専門外来」で対症療法(高血圧薬内服)よりも、原因療法(減塩・無塩)を勧めている。

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