こちら診察室 「無塩無糖」の世界

食塩摂取量を測るきっかけ
~「無塩無糖」でも大丈夫~ 第4回

 誰にも発信せずに「無塩無糖」を続けて17年が経過した頃です。年賀状に書く話題がなかったので初めて「無塩無糖17年」と書いたところ、米国のハーバード大学で一緒だった京都大学の松森昭先生から講演依頼がありました。NPO法人「アジア太平洋心臓病学会」主催の市民講座「いきいき健康長寿in神戸」で、30分話すことになりました。

 しかし、「無塩無糖」に関する医学的データが無いので、同国ミシガン大学高血圧教室に留学した経験がある先輩の鹿島友義先生に相談に行きました。

ヤノマミ族、マサイ族、中尾氏の食材に含まれる食塩相当量

ヤノマミ族、マサイ族、中尾氏の食材に含まれる食塩相当量

 ◇先輩のアドバイス

 鹿島先生は「無塩無糖食をしているといっても、加工食品などに食塩が入っているから少なくとも1日3グラム(g)は摂取しているはずだよ」「1日尿をためて正確に調べた方がいいよ」と言われました。

 ちなみに、1日食塩摂取量の評価はまず、24時間の尿中のナトリウム排泄量を測定し、次にナトリウム排泄量(g)に、「2.54」を掛けて食塩相当量(g)を求めます。興味がある方は、女子栄養大学出版部「食品成分表2020」や日本高血圧学会発行「高血圧治療ガイドライン2019」を参照していただきたいと思います。

 5日間連続して測定したところ、24時間尿中の食塩排泄量は1.6g、1.3g、1.4g、1.3g、1.9gで平均1.5gでした。鹿島先生に「中尾君は本当に加工食品も食べていないんだね。日本人で調味料を全く使わない無塩食の人間が存在するとは思わなかった。アマゾン奥地のヤノマミ族並みだね」と言われました。最近はさらに食塩摂取量が少なくなり、1日に1gです。

 ◇市民講座での反響

 2015年11月、神戸の市民講座で初めて「無塩無糖」について講演しました。講演終了後、多くの聴衆から「『無塩無糖』は初めて聞いた。具体的に教えてほしい」と質問攻めに遭い、反響に驚きました。好評ということで松森先生から再び依頼があり、16年12月には京都国立国際会館で「無塩無糖17年」と題し、医師や市民相手に話しました。

 ◇ヤノマミ族とマサイ族の塩分摂取量

 連載の冒頭で紹介したヤノマミ族とマサイ族は「無塩無糖」を実践しています。ヤノマミ族はブラジルのアマゾン地域に暮らしている同国で最も多い先住民。マサイ族はケニアからタンザニアにかけて暮らす牧畜民で、その身体能力を生かしたジャンプの画像はよく目にするところです。

 ヤノマミ族の主食は穀物と果物。英国の循環器関連雑誌によると、食材のナトリウム量は0.02g、食塩摂取量は1日0.05gです。食塩摂取量が1日0.1g未満ですが、元気に生活しています。

 マサイ族の主食は牛乳で、1日2リットル飲むとナトリウム量は0.8gです。100ミリリットル当たり食塩相当量は0.1gなので、1日2gになります。中尾は雑食で食材のナトリウム量は0.4gで食塩相当量1gになります。これはNHKのテレビ番組で知りました。

グアム島のジャングルで発見された後、病院に収容された横井庄一さん=1972年1月

グアム島のジャングルで発見された後、病院に収容された横井庄一さん=1972年1月

 ◇「無塩無糖」は他にもいる

 私たち夫婦は「無塩無糖」で24年がたちますが、先輩がいらっしゃいました。「無塩無糖」生活28年の横井庄一さんと同じく30年の小野田寛郎さんです。横井さんは旧日本軍の兵士として米国グアム島に派遣され、戦死公報が届けられていましたが、27年間の厳しい生活を経て、1972年に帰国しました。旧陸軍少尉の小野田さんは太平洋戦争終結後もフィリピンのジャングルに潜み、戦後29年目に日本に生還しました。

 塩がなくても不自由はしなかったそうです。帰国後、精密検査を受けましたが、高血圧糖尿病もなかったそうです。

 よく考えてみると、誰でも無塩無糖の時期があります。それは生まれてから、1歳から1歳半の離乳食開始までです。乳児期は母乳・ミルクだけでした。1歳から1歳半の離乳食開始までは母乳、ミルクだけでした。食塩は一切取っていませんでした。乳児は母乳を1日600~800ミリリットルほど飲みます。母乳100ミリリットルにナトリウムが0.04g入っています。600~800ミリリットルの母乳にはナトリウムが0.24~0.32g含まれ、1日の食塩相当量として0.6~0.8gになります。

フィリピン・ルバング島を訪れた小野田寛郎さん=1974年3月

フィリピン・ルバング島を訪れた小野田寛郎さん=1974年3月

 ◇なぜ低ナトリウム血症にならないの?

 人間は1日の食塩摂取量が1g未満と少なくても低ナトリウム血症になりません。人体には体液維持システムが備わっています。そのシステムは適正な血圧を維持する重要なシステムで、主役はレニン・アルドステロンのホルモン系(RA系)です。レニン・アルドステロンが腎臓で血圧維持に必要なナトリウムを保持するために、尿で出さずに再吸収しているのです。そのため、私は食材だけのナトリウムで血圧が維持されています。

 RA系システムのおかげで、食材中のナトリウムだけで体液の電解質バランスや血圧」を維持できます。食材以外に調味料や加工食品から食塩を取ると、体に過剰となった食塩をRA系の働きで尿にナトリウムとして出します。尿中食塩排泄量が10gの方は体に過剰な食塩を取っていることになります。 

無塩の野菜スープを作ってみよう

無塩の野菜スープを作ってみよう

 ◇「無塩無糖」の野菜スープ

 「無塩無糖」の初期の頃、みその塩味が強く感じるため、みその量を減らしました。減らした分、牛乳やトマトを入れていました。それに加え、だしパックでしっかりだしを取るようにしました。途中で無塩みそを試したこともありましたが、みその風味が不十分でやめました。次第にだしで十分味がするようになり、みそ無しで野菜スープを飲むようになりました。(了)


 中尾正一郎(なかお・しょういちろう) 日本循環器学会専門医・日本内科学会認定内科医。1973年、鹿児島大学医学部卒業。米ハーバード大学医学部(循環器内科)、米マウント・サイナイ大学医学部(臨床遺伝学)留学を経て、95年、新しい疾患「心ファブリー病」を医学雑誌「NEJM」で日本から世界に発信。99年、鹿児島県立鹿屋医療センター院長に就任し、日本初の2カ所主治医制による地域医療「鹿屋方式」を構築。NHK「クローズアップ現代」で紹介された。「高血圧専門外来」で対症療法(高血圧薬内服)よりも、原因療法(減塩・無塩)を勧めている。





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