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胴吹き桜のめで方 第34回


老木に多い「胴吹き桜」は、木の幹から直接花を咲かせる

 介護保険サービスの担当者が利用者宅などに集まり、利用者や家族を交えてケアマネジャーが作成したケアプランの内容や今後のケアの方向性、ケア目標の進み具合を検討する集まりが「サービス担当者会議」だ。

 ◇ご機嫌が変化した

 78歳の男性利用者宅で開かれた担当者会議は、2回目だった。終始にこやかだった初回とは打って変わり、会議の途中から男性の口数は少なくなり、表情が曇り、ご機嫌斜めになっていった。

 サービス担当者たちが、それに気付いたかどうかは分からない。ただ、同席していた近隣に住む娘(50代)は父親の機嫌の変化をヒヤヒヤもので感じていた。

 「爆発しなければいいのだけれど」

 だが幸いにも、おそらくは爆発寸前で、会議は終了した。

 ◇リハビリ目的でサービス利用

 男性は、1人暮らしだ。妻はすでに他界している。1年前、消化管出血で入院。治療は順調だったものの、退院の直前に肺炎を発症した。入院が長引き、下肢筋力が低下。退院後は、リハビリを中心とした介護保険の在宅サービスを利用している。

 娘が定期的に実家に来て、日常の暮らしの世話をするとともに、本人は通所リハビリで歩行訓練を受けている。訪問リハビリのセラピストと訪問介護のヘルパーが連携しながら、いわゆる生活リハビリを行っている。

 ◇不機嫌の理由

 担当者会議が終わった後、娘は父親に「何が嫌だったの?」とストレートに聞いてみた。

 すると、父親は「褒め方がわざとらしいんだよ」と答えた。

 「どうして? 皆さん、お父さんを応援してるじゃない」

 「それが嫌なんだ」

 「相変わらずね」

 「お父さんって、あまのじゃくなのかなあ」

 「いや、あまのじゃくなんかじゃない。本心だよ。あれじゃ、褒め殺しだ」

 ◇「褒め殺し」

 会議で父親が嫌だと感じた担当者たちの言葉は、次の通りだ。

 「先日、お一人の力で立ち上がることができるようになりました」(通所リハビリの理学療法士)

 「頑張っていらっしゃいましたからね」(ケアマネジャー)

 「おトイレにもご自分で歩いていけるようになりました」(ヘルパー)

 「次は、入浴の自立ですね」(訪問リハビリの作業療法士)

 娘は「もう一度歩いて見せるって言ったのはお父さんじゃない。皆さんは、その努力を褒めてくださっているのよ」

 「それは、分かっている。でもなあ」

 ◇「あんよは上手」はない

 「褒めてくれるのは、ありがたいんだけど、何だか『あんよは上手』とはやし立てられているような気持ちになるんだよ。もうすぐ80歳だ。じいさんに向かって、『あんよは上手』はないだろう」

 娘には、父親の気持ちが少しだけ分かるような気もする。

 「そうかもね。お父さんは、ずっと『親方』だったものね」

 ◇造園業の親方として

 父親は造園業を営み、「親方」と呼ばれ続けてきた。弟子たちに向かって時々爆発する厳しい親方だったが、腕の確かさと面倒見の良さで弟子たちから慕われてきた。

 母親が存命の頃は、あまり口を利くことがなかった娘だが、10年前に母親が亡くなると話をすることが多くなった。一人娘。父親の一番弟子を夫に迎え、今はおかみとして造園業を切り盛りする。

 ◇胴吹き桜

 父親と娘の会話は続く。

 「親方に『あんよは上手』はないわね」

 「小さな子どもが成長するのとは訳が違うんだ。あの褒め方は『もっと頑張れ』とはやし立てられているようで、息が詰まりそうにもなる。おまえ、胴吹き桜って知ってるか」

 「木の幹から、咲くやつでしょ」

 胴吹きとは幹の途中から吹く芽のことであり、幹から直接咲く桜を「胴吹き桜」という。小枝を伸ばす力を失いつつある古木によく見られ、力を振り絞り幹から花を咲かせる。

 ◇花を咲かせたい

 「おれたちのような老いた木には、若い頃のようなエネルギーはない」

 「でも、花を咲かせたいのよね」

 「そうだ。何もかもができるわけじゃないし、そこまで力は残されていない。だからね、褒められて、励まされるのが苦痛に感じることもあるんだ」

 「『次は、入浴の自立ですね』って担当の人に言われたね」

 「年寄りは、子どもと違うんだよ」

 子どもは、「できること」を次々に獲得しながら成長する。やがて子どもは親の手を離れて自立する。

 ◇「自立」という言葉

 介護保険の大きな目的は、要介護状態になった人に対する「自立支援」だ。しかし、その自立は、子どもが成長の過程で獲得していく自立とは意味が異なる。

 褒めるという言動にしても、子どもを褒めるのと大人を褒めるのとでは、受け止められ方が違う。胴吹き桜のめで方は、枝に咲く桜のめで方と異なってしかるべきだろう。

 子どもを褒めはやすようではなく、尊敬の念を込め、静かに穏やかにエールを送りたいものだ。(了)

佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。


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