こちら診察室 介護の「今」

伯母は逝った 第50回

 山口友昭さん(仮名・東京都在住・49歳)が神戸の病院に入院中の伯母を面会してから1年がたった。

 ◇主治医から電話

 面会の日に、「最期までお世話をさせていただきます」と言って山口さんを見送った主治医から電話がかかってきた。

 「出血が止まりません。おそらく数日以内には…」

 伯母にとって、山口さんは最も近い親戚だった。主治医は、伯母に最期の日が近いことを報告してくれたのだ。

 「死に目には会いたい」と山口さんは、やりかけの仕事を急いだ。

伯母の住んでいた団地の風呂は、昭和の高度成長期に建てられた公営住宅で爆発的に広まったバランス釜だった


 ◇克明な連絡

 翌日、「血圧が下がり始めました」と主治医から連絡があった。

 「懸命に手を尽くしていますが、あと半日もつかどうか」

 伯母は血液透析を受けていた。血圧の低下は、透析にも悪影響を及ぼすらしい。

 「とても間に合いそうにないな」と思う間もなく、立て続けに連絡が入った。

 「意識がなくなりました」

 「あと10分はもたないかもしれない」

 そして…。

 「午後3時18分、お亡くなりになりました。痛みはなく、安らかに逝かれました」

 死因は、慢性腎不全。それが主治医からの最後の電話だった。

 山口さんは、締め切り仕事を抱える身を嘆きながら、電話の向こうにいる主治医に「ありがとうございました」と深く頭を下げた。

 ◇ケースワーカーからの連絡

 伯母は生活保護の受給者だった。すかさず、福祉事務所のケースワーカーから連絡が入った。

 遺体の引き取り、葬儀業者の選定、葬儀の費用負担、入院前に住んでいた団地(市営住宅)撤収の段取り。

 山口さんは、仕事と親戚への連絡を同時にこなしながら、死後の手続きと交渉を行った。

 費用の折り合いがつくと、葬儀業者に引き継がれ、死亡届の方法、葬儀の宗派、戒名、葬儀の日程調整などが目まぐるしく決まっていった。

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