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歯が原因で命に関わる病気に? 【第7回】

 歯の病気が直接命に関わる事態に発展するとは、なかなか考えにくいものです。しかし、歯の病気がそれだけで終わらず、重症感染症や循環器、消化器、呼吸器の疾患などに進み、全身に影響してくる可能性があります。

 ◇虫歯~うみがたまると危険

放置すると危険な虫歯

放置すると危険な虫歯

 虫歯を放置していると、初めは神経が刺激を受けて染みたり、ズキズキ痛んだりします。さらにそのまま我慢して放っておくと、菌によって神経が死んでしまいます。歯の中の神経が死んでしまうと神経が入っていた穴は空洞となり、そこを伝って菌がさらに深部に侵入します。やがて歯根を通り抜けて歯が植わっている骨の中にうみを作ってしまいます。これが、虫歯が原因で腫れている状態です。

 腫れ方もさまざまで、歯茎や顔が腫れている程度で収まっている場合もあれば、顎の下や首や胸の表面まで腫れる場合もあります。顎や首は喉と近く、喉にある気道(空気の通り道)が炎症を起こしてしまうことがあります。うみが喉の周囲に及ぶと、気道も腫れてしまい詰まってしまいます。

 この状態は非常に危険です。すぐに腫れを引かせる薬を使用するか、気管を切開して空気を肺に送り込まなければ、数分で息ができなくなり死に至ってしまいます。首まで腫れる原因として、歯の位置や疲労、菌に対する免疫力が低下する疾患の存在などが考えられます。

 実際にあった、虫歯を放置していた方のケースをご紹介します。初めは痛みがありましたが、次第になくなったため治ったと思い、歯科を受診しなかったようです。その後、突然倒れて病院に搬送されました。原因は脳にできたうみでした。検査の結果、歯の根の細菌が血液を介して脳に飛んだことが分かりました。

 ◇虫歯~がん

 虫歯で歯が欠けた状態のまま放置していると、口腔(こうくう)粘膜を慢性的に傷付け、やがて、がんが発生してしまうこともあります。

 ◇歯周病~毒素が全身に影響

歯垢の十分な除去を

歯垢の十分な除去を

 歯周病とは、不十分な口腔ケアにより残存した歯垢(しこう)によって引き起こされます。歯垢は菌の塊です。歯垢が歯肉に残っていると、体は歯周組織を介した体内への菌の侵入を防ぐために24時間戦います。

 歯垢の量が多く十分に除去できていないと、どんどん歯肉の奥へと菌が潜り込んで歯周組織を破壊してしまいます。その結果、歯茎の炎症が治らず赤くなった状態が続いたり、歯を支えている骨が溶けて歯がぐらついたり、うみが出続けたりします。炎症によって出てくる毒素が歯肉から入り全身に影響し、さまざまな病気の引き金や、悪化の原因になります。

 ◇歯周病~循環器系疾患(狭心症・心筋梗塞)

 心臓の筋肉を動かす血管が狭くなったりふさがったりして、十分な血液を筋肉に提供できなくなり狭心症や心筋梗塞を発症します。食生活の乱れや運動不足、過度なストレスなどを抱える生活習慣によって引き起こされるとされています。歯とは全く関係ないように思えますが、歯周病菌による影響があることが分かってきました。

 歯周病菌によって歯茎が腫れることはご存じだと思います。歯茎にも血管があるので、腫れた歯茎から容易に歯周病菌が血管内に侵入します。それが全身を巡ります。菌はずっと生きているのではなく、体が菌を攻撃し排除します。ただ、菌が壊れても毒素は残り、体に悪影響を与えます。

 歯周病が進行して歯周病菌が増えると、菌の毒素が動脈硬化を誘導し、血管内にプラーク(沈着物)ができ、血管が細くなってしまいます。細くなった血管の血流が悪くなって詰まったり、プラークがはがれて血の塊と一緒になって他の血管を詰まらせたりします。

 ◇歯周病~脳血管疾患(脳梗塞

 歯周病になると、脳の血管も同様に詰まりやすくなります。歯周病ではない人の約3倍、脳梗塞になりやすいと言われています。

 ◇歯周病~糖尿病

 糖尿病と歯周病は非常に密接な関係にあると言われています。歯周病菌の毒素の影響の一つとして、血液内の糖の取り込みを邪魔する作用が分かっています。これにより血液内の糖が増え、糖尿病をさらに悪くしてしまいます。また、糖尿病があると菌に対する抵抗力や組織修復力の低下が起こり、歯周病も悪化してしまいます。

 逆に、糖尿病であっても歯周病の治療やメンテナンスを欠かさずしていれば、どちらの病気も改善する見込みがあると言えるでしょう。

 ◇誤嚥(ごえん)性肺炎

 誤嚥性肺炎は、誤って気管に入った唾液中の菌などが肺に届いて感染する病気です。経管栄養などで口から食物を取らない方でも、加齢により口腔内の自浄作用が働かなくなった結果、口腔内細菌が増殖して誤嚥性肺炎が起こります。

 特に高齢者は、唾液を誤嚥したときに外に出そうとせき込む咳嗽(がいそう)反射が低下しているため容易に肺炎になってしまいます。誤嚥性肺炎の多くは口腔内細菌による感染であることが分かっています。

 ◇歯は体の一部

 ここに挙げたことがすべてではありません。歯と全身の病気にあまり関連性がなさそうなイメージをお持ちの方が多いかもしれません。しかし、歯は体の一部であることに変わりありません。その影響で致命的な疾患につながることもご理解いただけたのではないでしょうか。

 痛くないからといって虫歯や歯周病を放置せず、歯科医から治療と適切な口腔ケアの指導、定期的なメンテナンスを受けていただきたいと思います。(了)


角田智之(つのだ・ともゆき)

 歯科医師・歯科医師臨床研修指導医・日本選択理論心理学会認定選択理論心理士。明海大学卒業後、日本大学医学部歯科口腔外科学教室、久留米大学医学部口腔外科学教室などを経て、2008年に福岡市で「つのだ歯科口腔クリニック」(現在は「つのだデンタルケアクリニック」)を開設した。

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