こちら診察室 あなたの知らない前立腺がん

転移のある前立腺がんの標準治療
~薬物療法が中心に~ 第7回

 検査によって、前立腺がんの骨や他の臓器などへの転移が見つかった場合、手術や放射線治療によって完全に治癒させることは難しく、薬を用いた治療が中心になります。

 ◇男性ホルモンを除去

 転移が見られた場合の前立腺がんの治療は、基本的にはホルモン療法と呼ばれる薬物による治療を行うことになります。前立腺がんの進行には、男性ホルモンが重要な役割を果たしています。男性ホルモンは、精巣から分泌されるテストステロンというものが主ですが、副腎からも分泌(副腎性アンドロゲンと呼ばれます)されています。前立腺がんの初期段階では、多くの場合、がん細胞は男性ホルモンに依存して増殖します。このため、前立腺がんの治療では、男性ホルモン除去療法(ホルモン療法)という治療が一般的です。これは、体内の男性ホルモンの量を下げる薬や、男性ホルモンの効果をブロックする薬物治療を含みます。

前立腺がんと男性ホルモンの関係

前立腺がんと男性ホルモンの関係

 具体的には、皮下注射薬のリュープリン(一般名・リュープロレリン)、ゾラデックス(ゴセレリン酢酸塩)や、内服薬のカソデックス(一般名・ビカルタミド)などが挙げられます。ちなみに、リュープリンPROは、1回の注射で6カ月間効果を持続する薬剤で、注射の回数が少なくなるため、患者さんの負担は少なくなります。

 ◇薬剤で治せるのか?

 ホルモン療法を継続しても、がんを完全に治すことは難しく、徐々にがん細胞は男性ホルモンが少なくても成長できるようになり、ホルモン療法が効果を示さなくなります。この状態を「去勢抵抗性前立腺がん」と呼びます。このような状況になった際には、さらに強力なホルモン療法が使用されます。

 具体的には、イクスタンジ(一般名・エンザルタミド)、ザイティガ(一般名・アビラテロン)、アーリーダ(一般名・アパルタミド)、ニュベクオ(一般名・ダロルタミド)などが挙げられます。

 最近では、特に高リスクや進行性の前立腺がん患者さんに対して「アップフロント治療」といって、最初から強力なホルモン療法を開始するようになりました。さらに、悪性度の高いがんの転移を持つ患者さんに対しては、男性ホルモン除去療法、強力なホルモン療法に加えて、抗がん剤の三つの治療法を組み合わせた「トリプレット療法」が有効であることも分かってきました。一方で、こうしたアップフロント治療は副作用も起こりやすいため、副作用の管理を行いながら取り組む必要があります。

 ◇骨だけに転移、放射性物質で

 骨だけに転移が見られる前立腺がんには、ゾーフィゴ (一般名・塩化ラジウム)という治療もあります。この薬剤は、アルファ線という放射線を出す「ラジウム223」という放射線物質が含まれる薬で、その放射線物質が骨転移の場所に届き、がん細胞の増殖を抑えるというものになります。

 こうした治療に抵抗が出た際には、化学療法(抗がん剤)が使用されるのが一般的です。具体的には、タキソール(一般名・ドセタキセル)やジェブタナ(一般名・カバジタキセル)が使用されています。

 ◇遺伝子異常のある前立腺がん

 これまでの研究では、前立腺がんの患者さんでは、正常な細胞のDNAが傷ついたときの修復に関与する遺伝子に異常がある例が存在することが報告されています。前立腺がんの遺伝子異常として、最も重要とされるのがBRCA遺伝子です。

 BRCAとは、breast cancer susceptibility geneの略です。直訳すると、乳がん感受性遺伝子になります。遺伝性乳がん卵巣がん症候群という病気に関与する癌抑制遺伝子とされていて、文字通り、この遺伝子に異常があると乳がん卵巣がんにかかりやすくなります。米国の有名な女優が、この遺伝子異常を持っているために両側の乳房を摘出したという話を耳にした人もおられると思います。

 BRCA遺伝子異常がある患者さんには、ターゼナ(一般名・タラゾパリブ)や、リムパーザ(一般名・オラパリブ)といったPAPR阻害剤という薬が有効です。BRCA遺伝子などの遺伝子異常を診断する検査は、がんの進行の状況を見て決定されます。医師によって、この検査のタイミングは異なる事もありますので、十分に質問、相談をしていただくのが良いと思います。

 ◇主な副作用対策

 薬の治療は副作用の状況を見ながら上手に続けるのが大切です。

 前立腺がんに対するホルモン療法は長期間を要します。副作用も多岐にわたるため、個々の症状に対する対策が大切です。担当医に相談しながら、副作用を管理するためのライフスタイルの改善や、適切な治療を行うことが推奨されます。

 主な副作用対策を紹介しましょう。ホットフラッシュ(突然の体のほてり、発汗、心拍数の増加)に対しては、漢方薬や抗うつ薬などの薬物療法や、カフェインやアルコールの摂取を控えることが挙げられます。疲労感に対しては、適度な有酸素運動や筋力トレーニング、バランスの取れた食事、適切な栄養摂取が推奨されます。骨密度の低下(骨粗しょう症)に対してはビスフォスフォネート製剤という注射薬、血糖値とコレステロールの異常に対しては定期的な血糖値、コレステロール値の測定と、健康的な食事運動習慣が有効です。(了)


 小路 直(しょうじ・すなお) 東海大学医学部腎泌尿器科学領域教授 2002年東京医科大学医学部医学科卒業、11~13年南カリフォルニア大学泌尿器科へ留学、東海大学医学部外科学系泌尿器科学准教授などを経て24年から現職、2019年 日本泌尿器科学会 坂口賞, 日本泌尿器内視鏡学会 阿曽賞。米国泌尿器科学会、日本泌尿器科学会などに所属。著書に「名医に聞く『前立腺がん』の最新治療」(PHP出版)など。

【関連記事】


こちら診察室 あなたの知らない前立腺がん