気分障害(うつ病、双極性障害〈躁うつ病〉)〔きぶんしょうがい(うつびょう、そうきょくせいしょうがい〈そううつびょう〉)〕

 この病気は、かつて躁うつ病と呼ばれていました。気分がうつと躁の間を循環しやすいことからつけられた名称です。躁うつ病は3大精神病の一つとされ、また内因性精神病として統合失調症と並び称されていました。ところが、精神機能全般が障害されるというよりも、おもに感情や気分が障害されるのであり、精神病とするにはあたらないという議論が出てきました。それにしたがって名称も変化し、感情障害や気分障害と呼ばれるようになりました。
 実際、軽い気分障害の場合は医療の手にかかることがなかったり、一般診療科で治療を受けることが多いこともわかってきました。それとともに気分障害の一つであるうつ病に対する一般の理解が進み、多くの人が気軽に治療を受けるようになってきました。このように軽症なものもありますが、なかには精神病と呼べる重症な場合もあり、気分障害は広い概念で理解される必要があります。
 気分障害は精神機能のなかで感情が、独特なしかたで障害される病気です。統合失調症と同様に、神経シナプスにおける伝達の異常が症状と関係すると考えられています。気分障害には、うつだけをくり返す単極型うつ病(アメリカでは大うつ病。わが国では単にうつ病と呼ばれることが多い)と、うつ病と躁病の両方が出てくる双極性障害があり、前者は後者の3~4倍多いとみなされています。発病は10歳代以降で、20歳代と中年期の2つの山があります。
 罹病(りびょう)危険率(一生の間に発病する確率)は、うつ病(単極型うつ病)の場合女性で約20%、男性でその半分程度です。双極性障害の場合は1桁少ない数値です。受診科は精神科のみではありません。総合病院内科受診者の6%程度が気分障害をもった患者という報告もあります。アメリカでは、よく出会う10の疾患の一つに数えられているくらいです。

[原因]
 病気になりやすい脆弱(ぜいじゃく)性と環境がからみあって発病すると考えられています。
 脆弱性には遺伝的な要因も関係しています。単極型うつ病の場合、うつ病をもつ人の第一度親族がうつ病になるのは一般人の2~4倍、双極性障害の場合は同じく10倍上昇するといわれています(米国精神神経医学会)。いずれにしても遺伝病ではありません。
 脳の中の神経伝達機構に問題があり、セロトニンやノルアドレナリンなどモノアミン系の神経伝達物質のはたらきの低下が考えられています。
 環境面では、病気になりやすい性格をもっている人がストレスにであって発病すると考えられます。その性格は、几帳面、責任感が強い、徹底性、良心的などが特徴です。執着気質といいます。
 ストレスとしては、男性の場合は職場に関すること(昇進、転勤など)、女性の場合は家庭や家族に関すること(引っ越し、子どもとの別離など)が多いようです。張り切って生活したり、喪失の体験をしたりといったことが発病につながる傾向があります。

[症状]
□うつ症状
・感情面の症状
 さびしい、落ち込む、絶望的だ、なんの希望もない、本来楽しいはずなのにそんな気分になれない、などいろいろな感じかたがあります。これらの感情が一時的なものではなく、長期間(少なくとも2週間以上)続くのが特徴です。
 時に将来への希望がなくなり自殺の考えが浮かんだり実行に移したりすることがあります。うつ病は自殺の危険が高い病気です。
・思考面の症状
 考えが進まない、集中できない、決断力が落ちた、頭がぼけてしまったなどと感じます(思考抑制といいます)。自分はだめな人間だ、なにをやってもだめだ、と感じたり、後悔や取り越し苦労にさいなまれるようになったりします。
 さらに、自分はわるいことをしたので罰を受けなければならないと信じ込んだり(罪業妄想)、将来貧乏になるに違いないと信じ込んだりする(貧困妄想)という特徴があります。
・行動面の症状
 元気がない、なにもやる気がしない、家事ができない、仕事ができない、趣味への関心もなくなった、などという状態になります(活動性の低下といいます)。また話のテンポが遅く、声も低くて小さくなります。
・身体面の症状
 睡眠が障害され、早朝覚醒(かくせい)、中途覚醒、熟眠感のなさを経験します。食欲も低下し体重の減少もしばしばみられます。いっぽうこれらとは逆に、昼間も眠気が強くて寝すぎたり、食欲がありすぎたりすることもあります。このような症状は、日照時間が短い冬期にうつ病をくり返す季節性うつ病で特に顕著にみられます。
 体調がわるく、頭痛、肩こり、胸部や腹部の不快感などもよくみられます。またすこしの運動で疲労を感じて、すぐに休みたくなったりします。一般に性欲も低下します。

□躁症状
・感情面の症状
 快活だ、壮快な感じだ、元気だ、気持ちは晴れわたっている、なんの問題もない、といった気分が基調です。不快な感じはなく、健康感に満ちていると感じるのですが、なかにはいらいらする、むしゃくしゃするといった不快感を自覚することもあります(高揚気分といいます)。
 周囲からは怒りっぽいと見えることもあります。このような感情が一時的なものではなく、長期間(少なくとも2週間以上)続くのが特徴です。
・思考面の症状
 頭のめぐりがよい、いい考えが次々と出てくる、すぐに決断できる、といった自覚があります。また自分は偉い人間だ、なんでもできる、自分に反対するのはばかな人間だと思うようにもなります。さらに、自分は神様だ、英雄だ、といった誇大妄想をもつこともあります。
・行動面の症状
 行動的になり抑制が欠如します。買い物や投資をしたり、賭け事や遊興に走ったりします。その結果、多額の浪費をしたり借金をしたりしますが、あまり悩まず、すぐに取り返せるという気分でいることが通常です。
 飲酒が激しくなる、飲酒運転をしても気にしない、といった気分が大きくなる状態になりがちです。
 話のテンポが速くなり、声が大きく高くなります。話が脱線しがちにもなります。自覚的にはスピード感があって、他人の行動や会話が遅くてしかたがないと感じがちです。
・身体面の症状
 本人の自覚はあまりないのですが、睡眠時間が短くなったり、食欲や性欲が亢進(こうしん)します。体重は減少するのが通常ですが、これは活動が非常に亢進するためでもあります。

[経過]
・病相
 病気が出現する時期を病相といいます。期間としては、うつ病で3~6カ月程度、躁病で1~4カ月程度です。この間は治療により病状は軽くできますが、病相の途中で治療を中止すると再発する傾向があります。また病相が非常に長く続く場合があります。その場合は難治性の気分障害と呼ばれ、全体の10~20%程度あると見積もられています。
・再発
 うつ病、躁病ともに再発しやすく、その防止が重要です。再発率は単極型うつ病で50%、双極性障害で70%という数字もあります。実際にどれくらい再発するのかはよくわかっておらず、生涯に1回の病気で終わってしまう人もけっこう多いだろうとも思われています。
・ラピッドサイクラー(急速交代型)
 病相が頻回にくり返され、1年の間に4回以上みられる場合があります。このような場合はラピッドサイクラーと呼ばれます。

[治療]
□一般的事項
 治療の目標は、第1に病相からの回復で、第2に再発の予防です。症状が軽い場合は薬物療法や認知行動療法(認知療法)が適用され、症状がある程度強かったり、再発がみられたりした場合には、薬物療法に加えて認知行動療法、対人関係療法、リハビリテーションなどの心理社会的治療を加味することが必要になります。最近では軽症のうつ病では薬物療法を用いる前に認知行動療法が試みられる場合もあります。
 また、うつ病の場合は自殺の防止、躁病の場合は社会的な逸脱行動の防止が重要で、入院の適否も含めて治療の形態を考慮することが重要になります。
 気分障害は脳内の神経伝達物質のはたらきが障害されている疾患です。そのことがまず本人や家族に理解されることが第一に重要です。特にうつ病はしばしば病気と認識されず、「気持ちが怠けているから」とか「性格がわるいから」といった点に問題が帰着されてしまいがちです。そのために、家族や周囲の人は「がんばって」とか「気をしっかりもって」と励まし、本人の気持ちを追い込んでしまうことがしばしばあります。病気は気持ちの問題からきているのではないという認識をもってもらうところから治療はスタートするのです。
 この点がクリアできれば、休養と服薬の必要性が理解できるようになります。病状に応じて休んだり仕事を軽くしたりといった点に考慮がはらわれる必要が出てきます。
 また症状が服薬によって緩和されることへの理解も大切です。その際、薬の効いてくるタイミングや副作用についての理解が欠かせません。
 以上のような一般的な理解のうえで以下に述べる治療がはじめて成立します。

□抗うつ薬による薬物療法
・種類と効果
 抗うつ薬には、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors:SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor:SNRI)、ノルアドレナリンやセロトニンの機能を高める抗うつ薬(noradrenergic, specific serotonergic antidepressant:NaSSAなど)、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬などがあります。いずれも、うつ病の症状である抑うつ気分や活動性低下を改善させ、不眠、食欲低下などの身体症状にも効果があります。
 効果は数週間であらわれます。1~2カ月服用しても十分な効果が得られない場合は、ほかの抗うつ薬に変更したり、抗不安薬、気分調整薬、抗精神病薬を付加したりします。
 使用期間のめやすは、改善がみられてから1~2カ月間は同じ量で維持し、以後すこしずつ減量します。抗うつ薬には、以上の病相期の治療とともに、うつ状態の再発を防止する効果もあります。場合によっては、長期にわたって抗うつ薬を使用することが必要です。
 また、認知行動療法を同時に受けることで再発防止効果が高まります。
・副作用とその対策
 三環系抗うつ薬では眠かったりだるかったりする、口がかわく、便秘がちになる、尿が出にくい、目がかすむ、立ちくらみがするといった神経系の副作用が出ることがあります。また心伝導系への影響がみられたり、けいれんを誘発したりする場合もあります。副作用症状のなかには、しばらく服薬しているうちに慣れてしまうような場合もあります。自殺の目的で大量に服薬すると死に至ることもあり注意が必要です。
 SSRI、SNRIなどの新しい抗うつ薬では上記の副作用は軽くなっており、概して飲み心地はよくなっていますが、人によっては服薬後早期の胃腸症状(吐き気など)、頭痛、めまいなどが生じることがあります。
 対策としては薬の量を減らす、ほかの薬に変更する、対症療法的に薬物を追加するといったことがあります。症状の軽重にかかわらず医師に報告することが大切です。

□気分調整薬による薬物療法
・種類と効果
 保険適用となっている炭酸リチウム、バルプロ酸ナトリウム、カルバマゼピンが躁病相で使用されます。作用の特徴は急激な鎮静効果ではなく、自覚的に自然におさまってきたという感じで改善します。
 効果は数週間であらわれます。十分な効果が得られない場合は、ほかの気分調整薬への変更、抗精神病薬の追加などが試みられます。
 服薬期間は躁状態がおさまる数カ月をめやすとし、以後再発予防のために継続するかどうかを検討することになります。再発予防の場合は、使用期間は特に限定されません。なお、再発・再燃抑制があると保険で認められているのはラモトリギンのみです。
 気分調整薬の多くは、血中の濃度を測定しながら使用します。濃度が有効な範囲にあれば効果が発揮されますが、それより低いと効果が薄く、また高いと中毒症状が出やすくなるためです。
・副作用とその対策
 眠気、だるさ、からだのふらつき、手のふるえ、下痢などの症状がみられることがあります。また血中濃度が高くなりすぎると、けいれんや意識障害が起こることもあります。高齢者、肝障害、腎障害がある人などは注意が必要で、定期的な血液検査を受けることが必要です。

□抗精神病薬による薬物療法
・種類と効果
 保険適用となっている薬剤としてオランザピン、アリピプラゾール、ハロペリドール、スルトプリド、クロルプロマジン、レボメプロマジンが躁病相で使用されます。気分調整薬と同時に使ったり、単独で使われたりします。誇大妄想などの精神病症状には気分調整薬よりも効果的であったり、効き目が早くあらわれることが多かったり、血中濃度の測定の必要がないなどにより使い勝手がよいようです。
 双極性障害のうつ病相では、保険適用となっているクエチアピン、オランザピン、ルラシドンが使用されます。この病相で抗うつ薬を使うことに関しては議論があり、日本うつ病学会は抗うつ薬を単独で使うことはすすめていません。再発抑制には保険適用となっているアリピプラゾール持続性水懸筋注用が使用されます。
・副作用とその対策については統合失調症の薬物療法の箇所をご覧ください。

□認知行動療法(認知療法)
 これはうつ病の場合に有効な精神療法の一種です。
 うつ病になりやすい人は、元来独特の思い込みをもっている人がけっこういます。たとえば、「仕事でミスがあってはいけない」「自分のことは他人はわかってくれない」「ミスをすると人からきらわれてしまう」などといったことで、こころの法則(スキーマ)と呼ばれます。
 うつの状態になると、スキーマを基盤として悲観的な思考が生まれますが、そのような思考が悲観的な気分を生み、悲観的気分が悲観的思考を生み出すという悪循環を生じます。たとえば、「元気がなくなって家族が疎遠になった」という思考が抑うつ気分を生み出し、それがさらに「自分なんかどうなってもいいんだ、生きていてもしかたがない」といった思考につながるといった具合です。
 認知療法では、コントロールできない抑うつ気分には手をつけず、制御可能な悲観的思考を対象にします。そのような思考が出てきたときに、それとは違う考えがないかと発想するよう励まします。たとえば「みんなが疎遠に見えるのは、自分をそっとしておいてくれるのだ」といったようにです。そしてそのような対立する考えが出てきたときに、気分がどのように改善するかを評価します。そのような手続きを通して、しだいに気分の改善をはかり思考様式を変えていこうというのです。
 このような治療は、うつ病相のまっ最中にはなかなか進展しにくいのですが、回復期や回復後には効果を発揮し、行動パターンを変えたり再発予防につながります。

□電撃けいれん療法
 電気ショック療法とも呼ばれます。100V(ボルト)の電流を数秒間頭部に通電し、人工的にけいれんを起こさせて症状を回復させる治療法です。最近は、麻酔科医の管理のもとに筋弛緩(しかん)薬を使った無けいれん療法(mECT)が一般化しつつあります。
 うつ病、躁病両方に効果的です。適応は、薬物療法が無効であったり、副作用により薬が使用できなかったり、自殺のおそれが強かったり、早急な改善を本人や家族が希望する場合などです。通常5回程度の施行で効果がみられます。

□反復性経頭蓋磁気刺激療法
 非侵襲的に大脳皮質ニューロンを磁気刺激して症状を改善する治療法で、保険が適用されます。ただし抗うつ薬の使用経験があり、十分な効果が認められない成人のうつ病患者のみという縛りがあります。

□高照度光照射療法
 季節性うつ病の場合に適応されます。3000ルックスの光を、1日2時間程度照射します。
 通常は早朝に施行します。数日~数週で効果がみられますが、照射をやめると症状がぶり返すので、病相が終了するまで続ける必要があります。

□断眠療法
 難治性のうつ病に適応されます。入院治療でおこなわれ、徹夜ないしはそれに近い状態を数日間続けることで症状の改善をはかります。回復は比較的早期にあらわれます。ただ現在ではほとんど用いられていません。

□自殺の予防
 うつ病は自殺のおそれが強い病気で、その予防が治療上重要です。自殺が多い時期があって、1つは病気になり始めの時期、2つ目は回復の時期です。抑うつ気分のもっとも強い時期は活動力も非常に低下するので、自殺をする元気もない状態なのです。
 自殺の予防には、まず危険性がどのくらい強いかを予測する必要があります。といってもその程度を厳密にはかる尺度はないので、本人のうったえの深刻さ、過去に未遂があったかどうか、家族のなかに自殺者や未遂者があったかどうか、生活の孤独さなどをもとに総合判断します。おそれが強いときは、積極的に話題として取り上げ本人と話し合うこと、まわりは真剣に心配していると伝えること、自殺をしない約束をすること、家族が目を離さないこと、入院を積極的にすすめることなどが重要です。また薬、農薬、刃物などの自殺手段から遠ざけることも大切です。

□入院治療
 気分障害は通院治療で軽快させることができる病気ですが、なかには入院治療を要する場合もあります。うつ病相では、自殺のおそれがある、家庭ではゆっくりと休養をとれない、家族が病人を励まして追い込んでしまう、躁病相では、社会的な逸脱行動が制御できない、薬物療法の管理を厳重にする必要がある(例:高齢者の場合)などで適用されます。

(執筆・監修:高知大学 名誉教授/社会医療法人北斗会 さわ病院 精神科 井上 新平)
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