心臓のおもな病気 家庭の医学

コラム

心臓移植と補助人工心臓

 心不全に対する治療(薬による治療やカテーテル治療・ペースメーカー・心臓手術など)を尽くしても、心不全が悪化して入院をくり返す状態がステージDと呼ばれる末期心不全の段階です。このような患者さんを対象に心臓移植やDestination therapy(DT)という治療が考慮されます。心臓移植やDT治療の方針となった患者さんの多くが植え込み型左室補助人工心臓(LVAD)を装着して自宅療養を目指すことになります。

■心臓移植
 1997年10月に臓器移植法が施行され、日本でも脳死心臓移植が可能となりましたが、当時はドナー(臓器提供者)の意思確認方法や年齢に厳しい制限があり、移植の実施は 毎年数例とわずかでした。2010年7月に臓器移植法が改正され、(本人のドナー拒否の意思表明がなければ)家族承諾による脳死臓器提供が可能となりました。以降心臓移植件数は徐々に増加し、2023年は115例に達しています。それでも、現在(2025年4月)国内で心臓移植待機中の患者さんは800人超にのぼり、登録後に移植を受けられるまで5年以上かかる状況となっています。
 患者さんが移植治療を希望された場合、さまざまな検査や説明のあとに移植施設からの申請・審査を経て日本臓器移植ネットワークへの登録がおこなわれます。審査では、心臓移植以外に治療手段がないこと、心臓以外(肝臓や肺など)に重篤な病気がないことなどを確認します。日本の心臓移植手術後の10年生存率は約90%と世界的に見ても良好ですが、術後も良好な経過を維持するためには、定期的な通院や時間通りに薬をのむことなど、終生治療を継続することが必須です。また、移植を待つ数年間、多くの患者さんは植込み型左室補助人工心臓(LVAD)を装着した状態で、自宅療養を継続します。その間、LVADのバッテリー交換などの日々の管理や感染予防の処置は患者さん自身がおこないます。
 そのため、患者さんご自身の治療継続への強い意思と家族のサポート、適切な医療体制の整備も、心移植医療にはきわめて重要です。

■Destination Therapy(DT):長期在宅補助人工心臓治療
 日本では65歳以上の患者さん、悪性腫瘍の治療後5年以内の患者さんは心移植登録の対象とはなっていません。そのような心移植が困難な患者さんでも、LVADを装着すれば自宅にて残された時間を過ごせる可能性があります。そのため2021年5月から、一定の基準を満たせばDestination Therapy(長期在宅補助人工心臓治療)としてLVADを装着し、自宅療養へ移行することが認められました。LVAD装着中の患者さんに対する訪問診療や訪問看護も少しずつですがおこなわれるようになってきています。

■左室補助人工心臓(LVAD:Left Ventricular Assist Device)
 左室補助人工心臓(LVAD)は、心臓の左室のポンプ機能を補助する機械装置です。補助力はきわめて強く、左心室のポンプ機能はほぼ肩代わりできるほどです。体外設置型と植え込み型に大別されます。後者は心移植までの待機やDestination Therapyなど自宅療養をおこなう重度心不全患者に対する治療として広く採用されています。
 現在は磁気を利用した遠心ポンプ式が主流であり、初期のモデルとくらべて血栓などの合併症のリスクも格段に減少しています。いっぽう、ポンプ以外のバッテリーやプログラマーは体外にあり、両者をつなぐドライブラインが腹部の皮膚から体外に出ているため、患者さん自身で煩雑な管理が必要であることや創部感染などの課題が残されています。

(執筆・監修:公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 循環器内科 部長 細谷 弓子)