動脈硬化〔どうみゃくこうか〕 家庭の医学

 虚血性心疾患(狭心症心筋梗塞)のおもな原因は、心筋に血液を供給する血管(冠動脈)の動脈硬化です。動脈硬化が進むと、血管の内腔は狭くなり(狭窄〈きょうさく〉)、壁はかたくもろくなります。
 動脈硬化は、最初に血管壁のもっとも内側にある細胞(内皮細胞)に傷害が発生し、そこから血管内膜に炎症細胞や変性した脂肪がもぐり込んでいくことから始まります。長時間かけて動脈硬化は進行し形成されていきます。ある調査によると、30~39歳では半分以上の人が、50歳を超えると大半の人が冠動脈に動脈硬化をもっていることがわかりました。

■動脈硬化の危険因子とその予防
 虚血性心疾患などの動脈硬化による病気を予防するためには、動脈硬化の最初の形成過程である血管内皮細胞に傷害を起こさないようにすること、つまり、血管内皮障害の原因となる“危険因子”を修正し管理することが重要です。動脈硬化の危険因子には、自分で変更が不可能なものと、治療や自己管理によって変更ができるものに分けられます。
 動脈硬化の危険因子の数が積み重なってふえるにつれ、虚血性心疾患の発症率は急増します。修正が可能な危険因子を自己管理により減らすことが、虚血性心疾患の予防にはとても重要なのです。

●動脈硬化の危険因子
変更不可能な危険因子年齢、遺伝、性別、人種
修正可能な危険因子喫煙、高血圧、脂質異常症、運動不足、糖尿病、肥満


□喫煙
 喫煙は虚血性心疾患や脳卒中の危険因子です。喫煙本数が1日1本でも非喫煙者とくらべてリスクは高く、さらに本数がふえればふえるほどリスクが上昇することが示されています。1日20本以上の喫煙者における心筋梗塞の発症率は、非喫煙者にくらべ女性は6倍、男性は3倍に増加します。心筋梗塞を発症した人でも、その後に禁煙すれば、1年以内の再発率は50%に減り、2年以内には非喫煙者と同じレベルまで発症率は下がります。この効果は、喫煙歴の期間や喫煙本数に関係なく同等です。自分自身の心がけ次第で危険因子を修正することができる禁煙は、もっとも有効な動脈硬化予防法の一つです。受動喫煙でも心筋梗塞や狭心症などの危険性が3割ほど高くなることがわかっていますので、受動喫煙を回避することが推奨されます。近年加熱式たばこや電子たばこが流通しています。加熱式たばこはニコチンをはじめとしたたばこ葉と添加物の加熱で発生する物質が含まれ、紙巻きたばこと同様の血管内皮機能障害が起こることがヒトを対象にした研究で報告されています。電子たばこもエアロゾルに各種発がん性物質の発生が報告されており、これらはいずれも今後動脈硬化性疾患、がん発症を含む各種健康への悪影響が懸念されています。世界保健機関(WHO)からは、電子たばこは有害でかつ電子たばこの受動喫煙でも害があると報告されています。

□高血圧
 診察室で測定した最大血圧(収縮期血圧)が140mmHg以上あるいは最小血圧(拡張期血圧)が90mmHg以上の場合を高血圧としています。その割合は男性が30%、女性が25%と2019年の国民健康栄養調査で報告されており、わが国における高血圧人口は推計4300万人といわれています。そのうち57%(2450万人)しか実際には治療を受けておらず、その50%(1200万人)しか血圧が140/90mmHg未満にコントロールされていません。なお、家庭血圧では135/85mmHgが高血圧基準とされています。さらに最近では、診察室血圧で収縮期血圧120mmHgかつ拡張期血圧 80mmHg未満が正常血圧と定義され、それを超えて血圧が高くなるほど心血管病や死亡リスクが高くなることが示されています。
 血圧を適切に下げることは動脈硬化による病気を予防するために大切ですが、降圧薬をのんでさえいれば大丈夫という考えは危険です。家庭血圧は診察室血圧よりも信頼性・再現性が高いことが報告されており、診察室血圧と家庭血圧の間に差がある場合は家庭血圧による診断を優先することとなっています。ゆえに、血圧管理において家庭血圧を測定し記録することは、診察室の血圧よりも大切です。高血圧を指摘されたらまず家庭血圧計を購入し、継続的に測定すること、血圧手帳などに記録して定期外来を受診する際に主治医と情報を共有することが推奨されます。食事では減塩が非常に重要です。高血圧の人では食塩摂取量は6g/日未満が推奨されています。また、野菜、果物を積極的に摂取すること、過度のアルコール摂取は血圧を上昇させるので制限することが望ましいとされています。そのほか適正な体重の維持、運動不足を避けるなどの生活習慣の管理は薬以上に大切です。

□脂質異常症
 単に血液検査で脂質の値が高い「高脂血症」とは意味合いが違い、血中の脂質値が異常なため動脈硬化による病気が発症しやすい状態を「脂質異常症」といいます。血液には、種々の脂質が存在していますが、動脈硬化の危険因子を考える場合にはコレステロール値に注目します。
 HDLコレステロールは、からだの末梢組織の余分なコレステロールを肝臓に戻すはたらきをしており、“善玉コレステロール”と呼ばれます。いっぽうLDLコレステロールは、肝臓から末梢組織へコレステロールを運ぶはたらきがありますが、血液中に過剰に存在すると血管内膜を傷つけるため、“悪玉コレステロール”といわれます。
 脂質異常症に関する代表的な疫学研究では、LDLコレステロールが1%下がる、あるいはHDLコレステロールが1%上がるだけで、動脈硬化性の病気の発症を2%減少できると報告しています。
 血液中の脂質を改善させるためには食事療法がまず基本となります。適正な総エネルギー摂取量のもとで脂肪の比率を制限することが有効です。また、動物性脂肪に多く含まれている飽和脂肪酸より、魚油に多く含まれているn-3系多価不飽和脂肪酸や、リノール酸(大豆油、コーン油、サフラワー油等)やアラキドン酸(肉、卵等)といったn-6系多価不飽和脂肪酸の摂取が動脈硬化性疾患の予防に有効とされ、推奨されます。また血液中の脂質を改善させるためには食物繊維の摂取をふやすことも推奨されます。また、運動も脂質を改善するために有効です。運動によって、トリグリセライド値が下がるとともにHDLコレステロール値が上がります。メタボリックシンドロームや糖尿病でHDLコレステロール値が低い人では、この効果がより強く得られます。

□運動不足と肥満
 運動習慣のある人は、動脈硬化による病気の発症が少ないというのはひろく知られた事実です。身体活動の増加は、糖や脂質の代謝の効率を上げ、血管の柔軟性を保ち血圧低下につながります。軽度から中等度の運動が効果的とされており、「ややきつい」程度が推奨されます。1日30分以上を週に3回以上(できれば毎日、週180分以上)を目指しますが、ご自身の体調や天候などにより適宜調整し、決してむりのない範囲で継続することが大切です。
 肥満度を判定するのに一般的に用いられる指標がBMI(Body Mass Index)で、体重(kg)/[身長(m)]2で算出され、BMI25以上を肥満と判定します。肥満のうち、特に内臓に脂肪が蓄積する内臓肥満は、動脈硬化の強い危険因子となります。日ごろから適正体重を維持する食生活と、定期的な身体活動をおこなう心がけが大切です。

■動脈硬化の評価法
□頸動脈エコー
 首に超音波機器を当てて頸動脈を観察し、プラーク性状、頸動脈狭窄度、内中膜厚(Intima-media thickness, IMT)を測定することで動脈硬化の評価が可能です。非侵襲的ですのでくり返し施行することができ、人間ドックなどでの経時的な経過観察にも用いられます。特にIMTは全身の動脈硬化の程度を反映するとともに、動脈硬化性疾患(虚血性心疾患、末梢動脈疾患、脳血管障害など)の合併や将来の発症リスク予測の代替評価指標としても用いられています。

□上腕―足首間脈波伝播速度(brachial-ankle Pulse Wave Velocity, baPWV)
 心臓から血液が拍出されることにより動脈に脈波が生じます。脈波の伝播速度は動脈の硬さを反映し、血管が硬くなるほど伝播速度は速くなります。医療機関や人間ドックなどで専用機器を用いて四肢の脈波を計測することで簡便に測定できます。

□足関節上腕血圧比(Ankle Brachial Index, ABI)
 ABIは上腕動脈の血圧に対する下肢(足関節レベル)の血圧の比を算出することで下肢動脈の狭窄の程度を示します。

□FMD(Flow Mediated Dilatation)
 前腕を止血帯で巻いて5分間圧迫し(駆血)、解除すると血管が拡張します。これは反応性充血といわれ血管内皮機能に依存した血流増加反応をみています。これを上腕動脈径の変化をエコーで測定することで評価します。この反応は内皮機能が障害されると低下し、動脈硬化の初期より低下することから、動脈硬化性疾患の初期評価に有効とされています。

【参照】
 血圧・血管の病気:動脈硬化症高血圧症
 内分泌・代謝異常の病気:脂質異常症

(執筆・監修:防衛医科大学校循環器内科 准教授/公益財団法人 榊原記念財団附属 榊原記念病院 循環器内科 長友 祐司)
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