終末期のがん患者には、全身倦怠感や睡眠障害、呼吸困難といったさまざまな身体症状が現れる。中でも疼痛は他の症状に先立って出現し、最終段階まで続く。国見病院(大分県)院長の鹿田康紀氏は10月20日に開催された久光製薬主催のセミナーで、がん患者の疼痛管理における経皮吸収型持続性疼痛治療薬の役割と患者QOLへの影響について講演。「がん疼痛治療においては、痛みで眠れないという状態を避けることが重要で、経皮吸収型製剤が新たな治療選択肢になりうる」と述べた。

痛みが患者の治療機会を奪う

 がんによる疼痛は経時的に減弱する手術や外傷時の痛みとは異なり、疾患の進行に伴い徐々に強まる。疼痛を訴えるがん患者の割合は、診断時の30~40%に対し進行期には65~85%に達すると報告されている。米国臨床腫瘍学会(ASCO)はがん疼痛対策を重要課題と位置付け、2001年にがん患者の訴える痛みに真摯に向き合うべきとの提言を発表している。

 それにもかかわらず、がん患者の疼痛は十分にコントロールされているとは言い難い。また、近年のがん治療における目覚しい進歩により、患者の10年生存率は約60%にまで上昇したが、それはすなわち疼痛のコントロールが不良のがん患者では、痛みに苦しむ期間が延長することを意味する。

 疼痛を有するがん患者ではストレスから不安感が増し、抑うつや食欲低下、睡眠障害が起こり、その結果、体力が低下して治療の継続が難しくなり、病状が進行するといった悪循環に陥る()。鹿田氏は「疼痛は、患者の治療機会を奪いかねない。まずは痛みで眠りを妨げられることがないよう十分な睡眠の確保を目標に、疼痛を取り除くことが重要だ」と強調した。

図.がん患者における痛みの悪循環

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(セミナー発表資料を基に編集部で作成)

経皮吸収型ジクロフェナクで睡眠障害が改善

 がん疼痛治療に用いられる薬剤には、経口薬、坐薬、注射薬などさまざまな投与経路があり、経皮吸収型製剤もその1つである。非ステロイド抗炎症薬(NSAID)ジクロフェナクナトリウムを有効成分とする経皮吸収型ジクロフェナクは、2021年5月に各種がんにおける鎮痛を適応として承認された。同薬は1日1回、2枚を胸部、腹部、上腕部、背部、腰部、大腿部に貼付し、1日ごとに貼り替える。

 がん疼痛患者を対象にジクロフェナクの有効性および安全性を検討した国内第Ⅲ相ランダム化比較試験(RCT)では、非盲検下でジクロフェナク2枚(3枚まで増量可)を貼付する用量調節期の後、二重盲検期への移行基準を満たした240例をジクロフェナク群120例またはプラセボ群118例にランダムに割り付け4週間貼付した。

 その結果、二重盲検期の4週時における累積効果持続率は、プラセボ群の60.3%に対しジクロフェナク群では80.4%と有意に高く、良好な疼痛コントロールが示された。

 また、がん疼痛治療の第一目標である睡眠については、用量調節期にはジクロフェナク貼付前に比べ貼付後に「よく眠れる」と回答した患者の割合が増え、「あまり眠れない」と回答した患者の割合は減少。二重盲検期には、「よく眠れる」と回答した患者の割合はジクロフェナク群で増加、プラセボ群で減少した。

 鹿田氏は「痛みと睡眠は強く関連している。経口薬は血中濃度が下がったときに痛みが出やすく、明け方に痛みを訴える患者は少なくない。一方、経皮吸収型製剤は静脈から直接吸収されるため薬理効果が減弱しにくく、1日を通して安定した血中濃度が維持されるので、切れ目のない安定した効果が期待でき、痛みによる覚醒を回避できる」と説明した。

胃腸障害の回避、投薬の視覚化が可能な一方、効果発現には時間を要する

 貼付薬のメリットとして、経口投与で見られる全身性の副作用である胃腸障害などが回避できることも挙げられる。第Ⅲ相RCTで多かった副作用は紅斑や瘙痒感で、接触性皮膚炎などの皮膚障害の可能性はあるが、貼付薬であるため万一副作用が生じた場合にも容易に使用の中断が可能だ。また、投与が視覚化できる点は家族や介護者にとってメリットになるという。

 一方、留意点としては、効果の発現に時間がかかることが挙げられる。健康成人を対象にジクロフェナクの薬物動態を検討したところ、安定した血中濃度が得られるのは貼付開始8時間以降であった。鹿田氏は「痛みが強い患者、早急に鎮痛したい患者に対しては、この点に留意する必要がある」と指摘した。

中等度~高度の痛みにはオピオイド経皮吸収型製剤

 痛みが強い場合には、オピオイド鎮痛薬の経皮吸収型持続性疼痛治療薬フェンタニルという選択肢がある。同薬はジクロフェナク同様、1日1回の貼付薬で、中等度~高度のがん疼痛に広く用いられている。2018年に登場した低用量(0.5mg)製剤は、他のオピオイドからの切り替え例だけでなく、オピオイド・ナイーブ例にも使用可能である。

 鹿田氏は、フェンタニルが有効な患者像について「経口投与が困難な患者、経口薬による副作用発現の恐れがある患者、多剤併用回避を望む患者に適しているのではないか」との考えを示した。

 最後に同氏は「がん疼痛が睡眠に及ぼす悪影響は少なくない。良質睡な眠が取れるよう痛みをコントロールすることが重要で、がん疼痛治療においては経皮吸収型製剤が新たな選択肢となりうる。痛みが軽度であればジクロフェナクを、中等度以上ではフェンタニルを0.5mgから開始し、痛みの強度や患者の状態に合わせて適宜用量を調整していくことが大切だ」とまとめた。

(比企野綾子)