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岡山大学病院で新しい歯科局所麻酔剤の医師主導治験を開始

 ◆発表のポイント

・岡山大学病院が主管し、全国10施設で新しい歯科用局所麻酔剤の医師主導治験が始まります。
・この治験(1)が順調に進み、新薬として承認されると、日本での新しい歯科用局所麻酔剤の誕生は約20年ぶりになります。
・痛みのない歯科治療のための麻酔薬として、体に蓄積しにくく、高い安全性が期待されます。

 岡山大学病院 歯科(歯科麻酔科部門)が主管となって、全国10施設(予定)で新しい歯科用局所麻酔剤「アルチカイン製剤:OKAD01)の医師主導治験(5)(第III相試験(4))が2021年6月より始まります。これまで岡山大学病院で第I相試験(2)、第II相試験(3)が行われ、一定の有効性(麻酔効果)や安全性は確認されていますが、今回の第III相試験では、現在日本でよく使用されている歯科用麻酔剤と比較します。今回の治験でさらに有効性と安全性が確認されたら、新薬として国に申請されることになります。

 歯科治療は痛みを伴うことが多いため、歯科にとって局所麻酔はなくてはならない処置であり、麻酔薬自体の有効性と安全性はとても大切です。注射針を刺すときの痛みを減らすために、非常に細い針を使用したり、麻酔薬を入れる圧力を調整したりして、できるだけ痛みが少なくなるよう配慮されていますが、今回開発する新しい麻酔薬は、世界で広く使用されており、より安全性が高いことが期待されています。
中四国地方で唯一の臨床研究中核病院である岡山大学病院は、様々な臨床研究の成果を社会に還元しています。この医師主導治験もその一環で、日本の歯科医療の発展に貢献することになります。

宮脇卓也教授

宮脇卓也教授

 ◆研究者からのひとこと

 日本で新しい薬を認めてもらうには、「治験」という試験(臨床研究)が必要です。企業が主体で行ういわゆる「企業治験」はよくされていますが、この薬は「医師主導治験」として私が一から始めました。ここまで約8年、山あり谷ありでしたが、岡山大学病院 新医療研究開発センターの方々、製薬企業の担当者の方々など、いろんな方々に助けてもらってやっとここまできました。日本の医薬品の承認は慎重で、しっかりされていますので、この薬が承認されたら、質の高い新薬として、国民の健康に貢献できると思います。

 ■発表内容

 <現状>

 歯科治療で使用される局所麻酔剤(歯科用局所麻酔剤)には、痛みのないように、よく効くことが求められますが、歯科治療の内容や患者さんの全身状態によっては、作用時間の長短や、患者さんの体に合った麻酔薬を使用した方がいい場合があります。よって、一種類の麻酔薬ですべてをカバーすることはできず、複数の種類の麻酔薬を選んで使用することが、歯科の局所麻酔には必要で、それが効果的で安全な歯科治療につながります。

 現在、日本で使用できる歯科用局所麻酔剤は、リドカインを主成分とするリドカイン製剤、プリロカインを主成分とするプリロカイン製剤、およびメピバカインを主成分とするメピバカイン製剤の3種類です。それに、添加薬である血管収縮薬と組み合わせて3種類しかありません。一方、世界で使用されている歯科用局所麻酔剤の主成分は、リドカイン、メピバカイン、アルチカイン、プリロカインおよびブピバカインの5種類で、血管収縮薬と組み合わせた製剤は、欧米では全部で9種類あります。つまり、世界の中で日本は、歯科用局所麻酔剤の選択肢が明らかに少ないのが現状です。日本では、2002年にメピバカイン製剤が開発発売されて以来、新しい歯科用局所麻酔剤が導入されていない状況です。

 日本で使用されていない歯科用局所麻酔剤の一つであるアルチカイン製剤は、米国で40%程度使用されており、欧米では9割以上使用されている国もある、極めて一般的な歯科用局所麻酔剤です。この薬は血中で速やかに分解されることから、体に蓄積しにくく、従来の麻酔薬よりも安全性が高いとされ、肝機能の低下している人や高齢者に有用ではないかと考えられています。
 
 <研究成果の内容>

 この新しい歯科用局所麻酔剤(アルチカイン製剤:OKAD01)を日本で使用できるようにするために、岡山大学病院 歯科(歯科麻酔科部門)が主体となり、岡山大学病院 新医療研究開発センターおよび製薬企業(昭和薬品化工株式会社およびSeptodont社(カナダ))等からの支援を受けて、戦略的に準備をしてきました。その過程として、2016年10月から2017年3月までの期間に、岡山大学病院で医師主導治験(第I相試験)を実施し、2018年8月から2019年9月までの期間に、岡山大学病院が主管となって全国11施設で医師主導治験(第II相試験)を実施してきました。

 そして、2021年6月より同様に岡山大学病院が主管となって全国10施設(予定)で医師主導治験(第III相試験)を実施することになりました。この最後の治験で有効性と安全性が確認されたら、新薬として国に申請されることになります。そこで承認されれば一般の歯科治療で使用できるようになります。

 第I相試験は、日本人にアルチカイン製剤(OKAD01)を投与したときの薬物動態(6)が海外の人たちと違いがなく、安全に使用できることを確認するために行われました。その結果、アルチカイン製剤(OKAD01)を日本人成人健康ボランティア(被験者)の口の中に注射した時の薬物動態は、海外の結果とあまり差がないことが確認されました。また、この薬と因果関係のある有害事象(7)はなく、検査結果に異常が認められなったことから、日本人にこの薬を投与しても問題がないことがわかりました。この第I相試験の方法と結果の詳細については、論文としてまとめられ、歯科麻酔学分野の専門学術雑誌である「日本歯科麻酔学会雑誌」に掲載されることになっています。この試験(臨床研究)は日本人を対象にした結果であり、日本での使用を目的とした研究ですので、日本の雑誌に掲載してもらい、多くの日本の歯科医師に読んでいただけることを期待しております。

 引き続き行われた第II相試験では、日本人の成人歯科患者を対象に、アルチカイン製剤(OKAD01)を歯科治療時の局所麻酔に使用し、使用量、有効性、および安全性を調べました。その結果、この薬が十分有効であると考えられ、臨床的に問題となるような副作用は認められませんでした。第Ⅲ相試験では、有効性及び安全性を検証することとなります。

 <社会的な意義>

 歯科治療は痛みを伴うことが多いため、歯科にとって局所麻酔はなくてはならない処置です。注射針を刺すときの痛みを減らすために非常に細い針を使用したり、麻酔薬を入れる圧力を調整したりして、できるだけ痛みのない局所麻酔に配慮されていますが、麻酔薬自体の有効性と安全性はとても大切です。現在使用されている歯科用局所麻酔剤も優れた薬ですが、超高齢社会にある日本においては、これまで以上に安全な薬が求められています。

 この薬は世界で広く使用されているものであり、より安全性の高い局所麻酔薬であることが期待されています。中四国地方で唯一の臨床研究中核病院である岡山大学病院は、さまざまな臨床研究の成果を社会に還元していますが、この医師主導治験もその一環で、日本の歯科医療の発展に貢献することになります。またそれが国民の健康につながっていくと期待しています。

 ■研究資金

 本研究は、昭和薬品化工株式会社(製薬企業)の支援を受けて実施しています(岡山大学病院と「医師主導治験契約」を令和2年11月6日締結)

 ■補足・用語説明

 (1)治験

 薬の候補を健康な人や患者さんに使って、効果(有効性)や副作用(安全性)の検討を行うことを
臨床試験といい、このうち日本での薬事承認申請を目的に実施するものを特に治験と呼びます。こ
れまで日本で認められていない薬や既存の薬の新しい用法・用量あるいは効能についての治験を行
い、その結果をまとめて国に申請し、承認されると、新しい薬または新しい用法・用量あるいは効
能が認められ、日本の患者さんに適用することができるようになります。

 (2)第Ⅰ相試験

 治験の第1段階の臨床試験で、健康な方(または患者さん)にご協力いただいて、薬の候補の安全
性や、どのように体内に吸収され、体外に排せつされるかなどを調べる臨床試験です。

 (3)第Ⅱ相試験

 治験の第2段階の臨床試験で、少数の患者さんにご協力いただいて、薬の候補の有効性や安全性と
共に、効果的な量や使い方について調べる臨床試験です。

 (4)第Ⅲ相試験

 治験の第3段階(最終段階)の臨床試験で、多くの患者さんにご協力いただいて、薬の候補の有効
性と安全性を確認し、すでに使われているお薬などと比較します。

 (5)医師主導治験

 治験には、企業治験と医師主導治験があります。企業治験は、製薬企業が主体となって、日本で認
められていない薬または既存の薬の新しい用法・用量あるいは効能を、日本で適用できるようにす
る(薬事承認申請する)ための臨床試験をいいます。医師主導治験は、医師または歯科医師が主体
となって行われる臨床試験であって、企業治験と同様、薬の薬事承認申請を目指して行われます。

 (6)薬物動態

 体に投与された薬が、どのように体内に吸収され、体外に排せつされるかをデータで示したもので、
治験では人種や民族によって薬の分解や排せつに差がないかどうか、また、個人によって大きな差が
ないかを確認するための指標になります。

 (7)有害事象

 薬を服用しているときに、体に作用して引き起こされたり、または、他の薬と相互に反応して引き
起こされるような、あらゆる好ましくない医療上のことがらを指します。投与した薬との因果関係
があるものを特に副作用と呼びます。

 <お問い合わせ>
岡山大学病院 歯科(歯科麻酔科部門)
教授  宮脇 卓也
(電話番号)086-235-6721
(FAX)086-235-6721


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