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自分への思いやりを持つ
~看護師に必要な心の防護~ コロナと戦う医療教育現場からの報告(下)

 コロナとの戦いが長引く中、医療現場で最前線に立つ看護師のメンタルをどう守っていくのかが大きな課題となっています。解決法はあるのでしょうか。埼玉県立大保健医療福祉学部の秋山美紀教授に具体的対処の仕方を聞いてみました。(聞き手・文 医療ライター・海原純子)

 ◇セルフ・コンパッションが有効

 海原 秋山先生は以前からセルフ・コンパション(自分への思いやり)を提唱されています。この状況でのセルフ・コンパッションの活用について詳しく教えください。

 秋山 看護師は、なぜか「自己批判」が強い人が多くいます。自分の強みを聞かれてもピンとこないのですが、自分の至らなさならいくつも語れるくらいです。それは、失敗できないシビアな現場にいるため、自分に厳しいということがあるのですが、自分のできなかった点を突き付けられながら成長してきたという背景があるからだと思うのです。

 昔の看護教育では、「犠牲と献身」に重きを置かれてきた背景もあります。つまり「患者さんのためならわが身はどうなろうとも」と教えられた時代がありました。でも、看護師だって天使ではなく人間なので、それだけではしんどいし、離職につながってしまうのです。

 米国の教育心理学者のクリスティーン・ネフが提唱したセルフ・コンパッション(自分への思いやり)が必要であると、一人でも多くの看護師に伝えていきたいと思ったのです。セルフ・コンパッションについて伝えると、ほとんどの看護師が「自分に思いやりを持っていいのですか」と驚き、ホッとしたような表情を見せます。

 看護師は「自分のことよりまず患者さん」と思って患者さんを優先する傾向があり、自分を大切にすることに後ろめたさを感じてしまいがちです。そんな時に自分を大切にしていいのだと伝えたいのです。

 ◇自己批判ではなく自分への思いやり

 海原 自分に対して「これでいい」というのはなかなか難しいですね。どうしてもこれでいいと思ってはいけない、という心理的な傾向が強いと思いますが。

 秋山 「自己批判」は自分を疲弊させるし、その日のケアの振り返りをしたとしても、「次はこうしよう」ではなく、「自分はダメだ」と自分を責め続けてしまいます。そうすると、次に向かうエネルギーそのものがなくなって、自分の成長どころか、疲弊していきます。そうならないようにエネルギーチャージするのがセルフ・コンパッションです。セルフ・コンパッションがあれば、先に述べたように、自分の課題の理解が深まり、課題を明確にし、それを克服していく自分を勇気づけることができるのです。

 海原 セルフコンパッションを持つためにはどんなことをすればいいと思いますか。これは看護師だけでなく、日本の女性には必要なスキルではないかと思います。人のため、を最優先にしないといけないという文化が根強く、「自分も人も両方大事にしながら生きる」という考えにはなかなかなりにくいかもしれないですね。

世界瞑想の日を祝いシドニーの植物園で瞑想する市民(2021年5月21日撮影、EPA=時事)

 秋山 「自分のことよりも患者さんを」とこれまで考えてきたので、いきなり「自分に思いやりを持とう」と提案しても、戸惑うことが多いです。そんな時は「自分の大切な友達が、失敗して落ち込んだり悩んだりしていたらどうするか」と問い掛けます。そうすると、大切な友達へのケアについてはすんなり出てくるのです。「その友達にケアをしたように自分をケアしましょう」と話します。すると、ようやく腑に落ちて「そういうことか。自分に優しくできていなかったなあ」「自分は傷付いていたんだなあ」と気付くのです。

 セルフ・コンパッションを培う方法の一つに「慈悲の瞑想」があります。それは恩人や大好きな人を思い浮かべて、その人の無事、幸せ、健康、安らかであることを願うものです。夜勤明けの人を対象に、30分だけ瞑想をする取り組みをしている病院もあります。私も心のケア活動の時に「特に話すことはありません」と述べていた看護師に、慈悲の瞑想をやってみませんかとお誘いすることがありました。「何だかスッキリした」と笑顔を見せられたことがたびたびありました。私は、ある大学病院で新人看護師を対象に、瞑想を取り入れた研修を毎年行っていますが、このような状況下でも、「今年の新人は退職者が少なかった」と聞きました。頼もしく思っています。

 ◇燃え尽きないために

 海原 医療関係者が燃え尽きないために必要なことを教えてください。

 秋山 いろんな機会でよく言っているのですが、大切なことは三つあると思います。一つは「目の前のことに集中する」、二つ目は「希望を持ち続ける」、そして最後に「自分に思いやりを持つ」です。

 私たちが不安になったりクヨクヨしたりする時は、「こうすればよかった」「こうしたらどうしよう」と過去や未来を思う時です。だから、過去や未来ではなく「今、ここでできること」に集中します。今できることに集中すれば、自己批判が入る隙間はありません。

秋山教授の看護師への研修風景

 もう一つは、「希望を持ち続ける」です。これはまだワクチンが普及される以前は、少し難しいことでした。先の見えなさに不安を感じる看護師が多かったからです。「この状態はいつか必ずよくなる」と思い描いている人は、途中で諦めず継続的な努力ができるといわれています。今がどんなに絶望的な状況でも、希望を描ける人は強いのです。幸い今は、ワクチン接種が進んでいる国の状況をニュースで見ると、私たちの思い描いていた明るい未来は、もう現実となって映像で見ることができます。あともう少し、希望を持ち続けて乗り切りたいですね。

 そして、最後は「自分に思いやりを持つ」です。セルフ・コンパッションです。セルフ・コンパッションは心のPPE(個人用防護具)なのです。

 海原 一般の人から看護師さんを勇気付けるにはどうすればいいかと聞かれることがあります。

 秋山 一般の人が看護師を支援するために大切なことは、やはり自分がコロナに感染しないための必要なマスク、手洗い、消毒、三密回避の対策を十分に行う、セルフケアする、ということです。それは一般の人にとってもセルフ・コンパッションが大切であると言うことです。自分が満たされて初めて、他に目が向いていきます。

 そうなったらぜひ、看護師に応援する気持ちを向けてほしいと思います。心の中で思っていただいても、もちろんいいのですが、可能ならば、何か感謝の気持ちを手紙などの「形」にしていただけると、とても励みになります。院内感染が起きた病院のスタッフの記録を読んでも、地元の人たちが「がんばれ○○病院」と書いた横断幕を見た時に、非常に感動して、感謝して「明日も頑張ろう」と思ったという記載がありました。

 「感謝」は身体や心や人との関係性において良い効果があるという報告があります。感謝する人は、より幸せを感じ、ストレスに対して乗り越える力があり、人とうまくやっていけるし、うつになりにくい、そして人を助けようとするし、人に寛大になれるといわれています。

 当たり前のことが当たり前でなくなった今だからこそ、身の回りの小さいことのありがたさに気付いて感謝できるということが、自分だけでなく、周りの人も幸せにすると思います。


 秋山 美紀 埼玉県立大保健医療福祉学部看護学科教授、博士(保健学)。北海道大医療技術短期大学部看護学科卒業、東京大医学部健康科学・看護学科卒業。東京女子医科大病院勤務後、東京大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了、同博士課程単位取得済み退学。主な著書に「看護師のための『困難を乗り越える力』自分を思いやる8つのレッスン」(メヂカルフレンド社)「看護のためのポジティブ心理学」(医学書院)

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