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正直さは、脳で分かる? 阿部修士特定准教授

 正直な人とうそつきの人の脳は違うのだろうか?そんな疑問に答える研究には驚きです。昨年の第5回日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会シンポジウムで、京都大こころの未来研究センター特定准教授の阿部修士先生が「正直さを発現する脳のメカニズム」という大変興味深い研究について講演されました。明快な語り口に感銘を受けた私は、阿部先生に最新の研究成果についてお話をうかがいました。

◇うそと作話

 海原 コンビニで買い物し、おつりが100円多いことに気が付いた。そんなときに自然に返せる人もいるけれど、「うーん、どうしよう100円だからもらっちゃおうか」と一瞬考え、「でも、やっぱり返さないとまずいな」と思い直して返す人もいる。得した、と思ってそのまま返さない人もいる―。その差は何だろうというところから先生の講演が始まりました。そもそも正直さと脳の関係を研究しよう、と考えたきっかけは何でしょうか。

 阿部 私は研究を始めた大学院生の頃、脳損傷の患者さんを対象として脳の病巣と認知機能の障害との関係を研究する教室に所属していました。当初は人間のうそや記憶の錯誤に興味があったのです。例えば、記憶障害の患者さんの中には、「作話(さくわ)」と呼ばれる、誤った記憶に基づいた発言や行動をする人がいます。でも、本人には相手を騙す意図はなく、自分の情報が間違っているという意識はありません。つまり、意図したうそではないわけです。
 通常、うそをつくときはその行為を自覚していますから、主観的なレベルではうそと作話は随分違うはずです。でも、それを聞いている相手は、うそと作話の違いがすぐには分からない。うそをつくときと記憶が誤っているとき、これらは脳のレベルではどのような違いがあるのか。脳のメカニズムの研究が進んでいくにつれ、うそをつく行為に対する情動の動きや道徳的価値観の方にも関心が広がり、正直に振る舞うか否か、といった意思決定の側面に焦点を当てるようになりました。


◇人はもともとうそつき?それとも正直者?

 海原 先生は正直さについて、孟子、孔子の性善説、荀子の性悪説を例に挙げて二つの仮説を立てられていますね。

 阿部 私は正直さの研究における大事な問いの一つは、「人間の正直さとは自然に発現するものなのか、それとも意志の力を必要とするものなのか」だと思っています。孟子が唱えた性善説を踏まえると、上記の問いに対する答えは「正直さとは自然に発現する」ということになるでしょう。性善説では「人間は善を行うべき本性を先天的に具有しており、成長すると悪行を学ぶものである」とされています。つまり、正直に振る舞うという善い行いは自然と発現するものであって、うそをつくという悪行は学習によって初めて実現するものだ、という理屈です。
 一方、荀子が唱えた「性悪説」に依拠するなら、「正直さとは意志の力を必要とする」ということになるでしょう。性悪説では「人間の本性は利己的欲望であり、善の行為は後天的習得によって可能である」とされています。人間は通常、何らかの利益が得られるからこそ、うそをつきます。利益を追求すること自体は、生物が自身の生存や繁栄の可能性を高めるために至極当然のことです。そのため、うそをついて利益を得られる状況に直面した際にはうそをつくことこそがむしろ自然な行為であり、正直に振る舞う方が意志の力を必要とする負荷が高い行為と考えることも可能なわけです。
 もちろん、正直さのメカニズムと、こうした性善説、性悪説の議論は完全に対応するわけではありませんが、自然な正直さを発現させるか、それとも意志の力による正直さを発現させるかが、個人によって異なるだろうという仮説を立て、研究を進めてきました。

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