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音楽に乗って心を動かし体を解放
~パーキンソン病患者のQOL改善目指すダンス~

 高齢化とともに患者数が増えているパーキンソン病は、脳内の神経細胞が減ることによって体が動かしにくくなったり、震えや硬直が起きたりする難病だ。発症するとゆっくりと進行するが、今は薬が発達しているほか、医療機器を使ったデバイス治療など治療法の選択肢は広がっている。とはいえ、患者は「転ぶのが怖い」「寝たきりになるかもしれない」といった不安から、気持ちがふさいだり、家に引きこもって孤立したりしがちだ。運動機能と認知機能の低下を防ぎ、患者の生活の質(QOL)を改善するリハビリテーションの手法として、ダンスを活用した取り組みが注目されている。

イメージを膨らませながら体を動かす=2019年6月

イメージを膨らませながら体を動かす=2019年6月

 ◇米国発のプログラム

 さいたま市の彩の国さいたま芸術劇場は2019年から、米ニューヨークのダンスカンパニー「マーク・モリス・ダンス・グループ」が地元の患者団体の依頼で考案した「ダンス・フォー・PD」の手法を取り入れた「パーキンソン病患者のためのダンスプログラム」を定期開催している。

 ダンス・フォー・PDは音楽に合わせて体を動かすことで、平衡感覚の衰えや、認知能力や運動能力の低下、うつの症状などに対応しながら、踊ること自体を楽しんでもらうのが目的だ。01年に開発されて以来、パーキンソン病患者を対象とするダンスプログラムのモデルとなり、今では世界25カ国で実践されている。

デイビッド・レベンサールさん

デイビッド・レベンサールさん

 普及に取り組むプログラムディレクターのデイビッド・レベンサールさんは元ダンサー。「ダンスは、単純なエクササイズやストレッチでは届かない、心の奥底にある表現したい気持ちや創造性を引き出します。ダンサーが振り付けを覚えて身体表現に高めていくための創造性や即興性のスキルは、患者が体の動きを取り戻すプロセスに生かせる」と同プログラムの狙いを語る。

 さいたま芸術劇場は、19年6月に京都で開催された「世界パーキンソン病会議」に合わせて来日したレベンサールさんを招いて体験会や指導者向け講習会を開催。同年10月から東京の「スターダンサーズ・バレエ団」と組んで「パーキンソン病患者のためのダンスプログラム」をスタートさせた。

 ◇オンラインでつながる

 同劇場は、かつて芸術監督を務めた演出家の蜷川幸雄さんが立ち上げた高齢者劇団「さいたまゴールド・シアター」の活動で知られる。「パーキンソン病患者のためのダンス・プログラム」も地域に開かれた劇場の取り組みの一つだ。

参加者は小山久美さん(右)の動きをなぞるように体を動かしていく=2019年6月

参加者は小山久美さん(右)の動きをなぞるように体を動かしていく=2019年6月

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、劇場で対面のクラスを実施できなくなったため、ウェブ会議システム「Zoom」でスターダンサーズ・バレエ団のスタジオと参加者を結ぶオンライン方式で開催したところ、全国各地から患者が参加するようになった。

 講師はスターダンサーズ・バレエ団総監督の小山久美さん。子どもや障害者らに踊る楽しみを伝える教育・普及活動に取り組む中で「ダンス・フォー・PD」に出合い、ニューヨークで指導法も学んだ。

 「きょうも楽しく踊っていきたいと思います」。小山さんが画面越しに参加者に呼び掛け、まずは呼吸に合わせた動きでウオーミングアップ。「息を大きく吸って、両手を大きく広げて体を開いて。小さくなって自分の体を抱き締めて。音楽に合わせてたっぷり深呼吸をすると、動きの大きな伸びにつながります」。ピアノ伴奏に合わせて参加者が懸命に体を動かし始める。

 プログラムの前半は椅子に座ったままで足や腕の動き。足を前や横に出して爪先を伸ばしたり、かかとを付けたり。手を遠くに伸ばしたり、引き寄せたり。「海の遠くを見ていくようにして」「弓を引っぱって、遠くに飛ばして」。イメージを膨らませるような小山さんの言葉に参加者が反応していく。

 後半では立てる人は立ち、不安な人は座ったまま、前半でやった動きをつないでいく。ポイントはイマジネーションだ。「自分の表現で、いろんな思いを込めてください」と小山さん。1時間足らずのプログラムが終わる頃には、ギャラリー画面に映し出される参加者の動きが大きくなり、表情も和らいで見える。

コロナ禍をきっかけに始まったオンラインのクラスには全国から参加者が集まる

コロナ禍をきっかけに始まったオンラインのクラスには全国から参加者が集まる

 参加者は普段、ストレッチや体操などに取り組んでいるが、「単調で、必死の形相でやっている」「修業みたいなところがある」と言う。それだけに、同プログラムに寄せる期待は大きい。「パーキンソンは治らないという思いが常に心の底にあり、日頃はわくわく感が味わえない。でも音楽に合わせてダンスをすることで心が浮き立つ感じが心地いいんです」

 21年度は10回開催し、のべ441人が参加した。今年度も月1回で行う予定だ。(実施日は月初めに同劇場のホームページで案内) 4月に世界各国の「ダンス・フォー・PD」の取り組みをつなぐフェスティバルに参加した際の動画も公開されている。

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