医学部・学会情報

嫌悪学習に伴い扁桃体の2種類の興奮性細胞が異なる抑制性制御を受けることが判明
~PTSD等の疾患のメカニズム解明に期待~ 東京慈恵会医科大学

 東京慈恵会医科大学総合医科学研究センター臨床医学研究所の森島美絵子特任講師、医学科6年生 松村颯大氏、渡部文子教授らは、恐怖などの嫌悪を感じた際に活動する扁桃体で、学習に伴い情報伝達の仕組みが変化することを発見しました。脳内部にある扁桃体の興奮性神経細胞には2つのタイプがあることを見出し、嫌悪学習に伴って異なる情報処理が行われていることが明らかになりました。本研究は松村氏が研究室配属中に見出した知見を発展させたものです。本成果は、心的外傷後ストレス障害 (PTSD)等のメカニズムの解明に大きく貢献することが期待されます。
 本研究成果は、12月14日Frontiers in Cellular Neuroscience誌に掲載されました。

 恐怖などの嫌悪の記憶はヒトや動物が危険を回避し生存するために必須である一方、制御がうまく行かないと多様な精神疾患につながります。扁桃体は以前から恐怖の感情と関係があることが知られていましたが、情報伝達の仕組みについて未だ不明な点が多くあります。
 本研究では、マウスの扁桃体の興奮性神経細胞を2つのグループに分け、嫌な経験をした時の情報伝達の仕組みについて調べました。

研究成果
 ● 扁桃体の興奮性神経細胞は2つの種類が存在し、それぞれ異なる性質を持っていました。
 ● 恐怖などの嫌悪を学ぶ前後で、脳の中で情報が伝わる仕組みが変わることがわかりました。
 ● この変化は、二つの興奮性神経細胞に依存しており、怖いと感じる嫌悪学習によって情報の出力を制御する可能性が示されました。
 ● さらに詳細な機構を明らかにすることで将来的にはPTSDなどの情動破綻を伴う多様な疾患の神経回路メカニズムの解明に貢献できる可能性が考えられます。

論文情報
 雑誌名: Frontiers in Cellular Neuroscience
 論文タイトル: Excitatory subtypes of the lateral amygdala neurons are differentially involved in regulation of synaptic plasticity and excitation/inhibition balance in aversive learning in mice
 著者: Mieko Morishima1, Sohta Matsumura1, Suguru Tohyama1, Takashi Nagashima1, Ayumu Konno2,3, Hirokazu Hirai2,3 and Ayako M. Watabe1*
 著者(日本語標記):森島 美絵子1, 松村颯大1, 遠山卓1, 永嶋宇1, 今野歩2,3, 平井宏和2,3, 渡部文子1* (*責任著者)
  1.東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所
  2.群馬大学大学院 医学系研究科 脳神経再生医学分野
  3.群馬大学未来先端研究機構 ウィルスベクター開発研究センター
 DOI: 10.3389/fncel.2023.1292822

 本研究は、AMED 脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS)、CREST オプトバイオ研究領域、学術変革Aおよび日本学術振興会科学研究費の支援を受けたものです。

【本研究内容についてのお問い合わせ先】
 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床医学研究所 教授 渡部文子(わたべ あやこ)
 電話 03-3433-1111(代) メール awatabe@jikei.ac.jp
【報道機関からのお問い合わせ窓口】
 学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課 電話 03-5400-1280 メール koho@jikei.ac.jp


研究の詳細

1.背景
 嫌悪学習はヒト、動物にとって生存に重要です。特に、マウスにおける音条件づけ嫌悪学習は、嫌悪学習機構明らかにするための実験方法として知られています。本研究課題では、音条件づけ嫌悪学習に関わる経路、視床―扁桃体においてどのような情報処理システムが働くのかについて、扁桃体興奮性細胞をサブタイプ分けし、詳細に調べました。

2.手法と成果
扁桃体興奮性細胞のサブタイプ
 扁桃体脳スライス標本の神経細胞を活動電位の後に見られるafter depolarized potential (ADP)のあるなしで, non-ADP, ADP 細胞にサブタイプ分けをしました(Fig.1)。
嫌悪学習に伴う視床―扁桃体経路の情報伝達制御機構
 行動実験を行う4週以上前にチャネルロドプシンを視床に注入し、 嫌悪記憶を形成したマウス(FC)と音だけを聞かせたコントロールマウス(Con)から扁桃体脳スライス標本を作製し、電気生理学的手法と光遺伝学的手法を組み合わせた実験を行いました 。視床―扁桃体経路の軸索を光刺激し、2種類の扁桃体興奮性細胞サブタイプへの入力について比較をしました 。その結果、抑制性神経細胞を介したフィードフォワード抑制情報が2つのサブタイプ間で異なることを明らかにしました。
嫌悪学習に伴う興奮-抑制バランスの可塑性

 嫌悪学習後、ADP細胞へのフィードフォワード抑制入力は増加し、I/Eバランスは劇的に変化しました。一方、non-ADP細胞のフィードフォワード抑制はわずかに減少し、I/Eバランスは逆に変化しました。次に抑制制御に関わる候補の抑制細胞と2種の興奮性細胞サブタイプのシナプス結合パターンを調べました(Fig.2)。その結果、興奮-抑制神経回路が扁桃体興奮性細胞サブタイプによって異なる可能性が示唆されました。これらのことから、I/Eバランスの変化は、異なる抑制性細胞を介して、最終的にnon-ADP細胞とADP細胞の相対的な出力の制御に寄与していることが示唆されました(Fig.2)。

3.今後の応用、展開
 本研究では、嫌悪学習に伴い扁桃体の2種類の興奮性細胞への抑制性入力が逆転することを見出しました。さらに詳細な機構を明らかにすることで将来的にはPTSDなどの情動破綻を伴う多様な疾患の神経回路メカニズムの解明に貢献できる可能性が考えられます。


以上


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