女性医師のキャリア
政治と医療の現場から女性支援
性暴力、福祉政策に挑む 富山県議・産婦人科医の種部恭子氏
◇シングルマザーは「自己責任」なのか
日本でシングルマザーが「自己責任」扱いされることに憤りを感じてきました。予期せぬ出産の背景には暴力や支配があります。出産した女性は自身のケアがなされないまま母親になります。追い詰められ孤立した母親からの虐待や貧困など、逆境体験に置かれた子どもたちの脳は傷つき、結果的に不登校、引きこもり、家出、自傷、依存、犯罪などに至ることが少なくありません。世代間連鎖で問題が深刻化する前に早急な対策が必要ですが、福祉政策にかける予算と人手が少なく、手が回らない状況にあります。
選挙で街頭演説する種部氏
◇出馬を決意した背景
2018年に性暴力ワンストップセンターがようやく富山県でも公設民営で開設されることになりました。その準備段階で、被害者支援員の報酬の見積もり額の低さに驚きました。女性や子どもの福祉に関わる支援員の多くは非常勤扱い。ケアワーカーは大半が女性で、女性の平均賃金が低いことにも影響を与えていると思います。ワンストップセンターには高い専門性のある支援員の常駐が求められますが、365日24時間対応を見据えた人件費が確保されていませんでした。「性暴力被害者支援などイロモノ扱い」というマインドセットを変えないことには何も始まらない。県議会議員への出馬を決意したのはその数日後です。
困難を抱えていても声を上げられない人がたくさんいます。出産で命を落とす女性より、産後に自殺する女性の方が多い。既存の保健・福祉・医療の隙間は大きい。課題解決にはどうしても政治が必要でした。慣れない政治活動でしたが、政治の目的が明確だったことで、多くの人に支持していただきました。
議員になってからは見える景色が一変しました。これまでは医師会活動などで目詰まりの解決を要望しても時間がかかったりスルーされたりしてきましたが、議員になると紙の表と裏の両方が見えたかのごとく、どこから穴を開ければ実現できるのかが分かるようになりました。政治的な解決に向けて、国会議員・市町村議員、そして自治体首長と直接交渉できるパイプと言語を持てたのは政治をやって良かった点です。
◇生きづらい人々のための政治
パパ活、依存症、暴力や犯罪などの背景には、貧困や被虐待経験などによる生きづらさが隠れています。学校や母子保健や児童福祉に何度も助けを求めているのに手が差し伸べられず、助けを求めることをあきらめた結果が、犯罪や自殺、引きこもり、家庭内暴力など生きづらさの世代間連鎖を生みます。個人の責任ではなく、社会と政治の責任。今もなお児童虐待の相談件数が右肩上がりで増加しています。
2025年7月からの改正児童福祉法の施行で、虐待を受けている子どもの一時保護時の司法審査が導入され、児童相談所の負担が増えます。質の高い児童福祉のために、今、児童福祉に関わる弁護士を雇用するための予算を県議会で獲得するべく取り組んでいます。
◇多くの人の笑顔を取り戻す
現在、クリニックでは週1回、予約制で診察を行っています。婦人科を訪れる女性たちは、女性だけが抱える健康上の課題や、女性が置かれた理不尽な環境に悩み、薬では治せない困難な実情をつぶやいていきます。このような困難の背景が政治的課題であることは多く、現場に政策のヒントがある。小さな声を拾い上げて支援が確実に届けられるよう、一人でも多くの人が笑顔を取り戻せるよう、お手伝いできればと思っています。
聞き手・文:稲垣麻里子、企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)
県議会で発言する種部氏
種部恭子(たねべ・きょうこ) 女性クリニックWe! TOYAMA代表・産婦人科医。専門は女性のヘルスケア。90年富山医科薬科大学(現 富山大学)医学部卒業後、大学、市中病院を経て、06年「女性クリニックWe! TOYAMA」を開業し院長に就任。19年より現職。日本産科婦人科学会特任理事等を歴任、16年より日本産婦人科医会常務理事。16年地方教育行政の功労者として文部科学大臣表彰。一般社団法人日本女性医療者連合(JAMP)理事として女性の生涯にわたる健康と活躍を支援。17年医学部入学者の恣意的操作の可能性を示唆したことで、18年医学部女子不正入試問題の発覚につながった。19年富山県議会議員選挙で初当選、23年2期目にトップ当選を果たす。男女共同参画基本計画の策定委員。「女性に対する暴力に関する専門調査会」委員となり、性暴力ワンストップセンターの普及に尽力する。著書に『性暴力救援マニュアル』(新興医学出版社)。
(2024/12/12 05:00)
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