現代社会にメス~外科医が識者に問う

医師への苦情が断とつに多い医療相談
患者とのすれ違いはなぜ起きる?

日本泌尿器科学会総会で講演する山口氏(パシフィコ横浜、2024年4月26日)

日本泌尿器科学会総会で講演する山口氏(パシフィコ横浜、2024年4月26日)

 ◇患者の意識が追い付いていない

 河野 私は25年近く医師として働いてきて医療界はかなり変わったと思います。医師はインフォームド・コンセントにより、丁寧に説明するようになりましたし、コミュニケーションや接遇も100%とは言わないまでも全体的に良くなりました。一方で、患者さんの意識が追い付いていない部分はあるかもしれません。

 山口 今のインフォームド・コンセントは一方通行の情報提供にすぎないので、医師は一方的に話さず、患者は基本的なことを理解し情報を共有した上で、自分の希望を伝えてどうするかを一緒に考えていく、そんな関係性とプロセスがあれば不満や不安を解消できると思います。

 例えば、急性期で治療を受けている病院で入院する前から転院の話が出てきたりすると、多くの方は「治療もしていないのに追い出される」と思い込み、不安が募ります。転院理由として、医療の課題と医療機関の機能分化が行われている現状について説明することで、今まで追い出されると思っていた患者さんが「次はどういうところを探せばいいのですか」と受け止め方が大きく変わってくるのです。

河野医師

河野医師

 ◇経済界に働き掛け、社会の常識を変える

 河野 より多くの人に医療の現状を理解してもらう必要がありますね。どうしたらいいと思われますか。

 山口 社会全体が変わる必要があると思っています。COMLでは経済界にも働き掛けをして、まずは大企業にアプローチすることを考えました。例えば、自分や家族の入院や手術で説明を受ける際に仕事を理由に診療時間外を希望する人が多いのですが、勤務中でも社員が仕事を抜けられるような雰囲気づくりを会社の上層部に周知して徹底させるといったことです。大企業が始めると、それが当たり前となって少しずつ社会全体に広がっていきます。経団連のような影響力のある団体から呼び掛けてもらうことで、社会の常識を変えていけるのではないかと期待しています。

 ◇クラウドファンディングで大きな支援

 河野 患者の行動変容を促すために外部から変えていく取り組みは重要ですね。

 山口 40代ぐらいになってくると血液検査の結果で再検査も増え、親の介護が視野に入ってくる年齢でもあります。がん患者の就労や介護離職の問題、会社の経営者にとっても社員を健康維持のために受診させるなど、年齢とともに医療への関心が高まってきます。患者には病気になる前から医療に関する最低限の知識や情報を知っておいてもらうことで医療の向き合い方が変わります。ただ、講座やセミナーを開催しても参加されるのは意識の高いほんの一部の人たちです。

 そこで、より多くの人に受講してもらうために社員教育向けのEラーニングの教材を作り、企業で働く人の福利厚生の時間を使って講義してもらう案が上がりました。今年2月に資金集めのためのクラウドファンディングを始めたところ、7時間足らずで第一目標の400万円を達成し、第二目標である800万円も突破、すでに第三目標の1000万円に到達しました。医師の働き方改革が始まったことで、私たち患者も医療との向き合い方を考え、意識を変える必要があるという認識が高まっているのではないでしょうか。

 近年、行政の審議会や検討会、倫理審査委員会といった場で医療政策などの意思決定の場に患者や市民が参画できる機会(PPI=Patient and Public Involvement=患者・市民参画)が増えつつあり、注目されています。まずは一般の人の意識を高め、さらに知識が増えれば行動に移す人が出てきます。企業で働いている人たちの1割の意識が変われば、社会全体の受診行動は大きく変わってくると思います。


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