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日本最小規模で県民の医療を担う
アットホームで学閥がない―横浜市大医学部

 ◇研修は他大学出身者が過半数

 18年度の医師臨床研修マッチングの結果は、横浜市立大学付属病院、付属市民総合医療センターの2病院で、定員充足率が100%(108人フルマッチ)を達成した。しかし、医学部時代、静かな環境で過ごした反動からか、県内の関連病院か都内の病院で研修する卒業生が多く、市大で初期研修を受ける卒業生は例年約2割にとどまっている。

横浜市立大学医学部がある福浦キャンパス(横浜市立大学提供)

横浜市立大学医学部がある福浦キャンパス(横浜市立大学提供)

 「なぜ卒業生が初期研修に残らないのかと指摘されることもありますが、他大学から多くの医学部卒業生が来てくれて、初期研修を受けた人のほとんどがそのまま後期研修に残ります。卒業生が70~80人しかいないのに、市大全医局の入局者数は例年200人を超えています。結果として県内に1600人以上の医師を派遣することができています」

 後期研修に多くの人材が集まる要因の一つは、圧倒的な症例数だ。大学付属病院が2施設あり、1400床近い病床数があるほか、関連病院の数も30を超える。「横浜市立大学に入局すると短期間で医師としての修練ができます。例えば外科の専門医になるために必要な症例数は3年でクリアできますし、就職先にも困りません」

 もともと市大の卒業生は数が少なく、入局者の多くを他大学医学部出身者が占めるため、他大学出身者でも疎外感を味わわなくてすむというのもメリットの一つ。「私の教室も市大の卒業生が4割で6割は他大学出身者。市大全体として学閥がない、出身校にこだわらない風土があるので、働きやすいと思います」

 ◇人生何が起こるかわからない

 益田医学部長は九州大学医学部出身で、横浜市大には縁もゆかりもなかった。30代でベルギーに留学し、40代前半は福岡市立こども病院で子どもの心臓手術に取り組んだ。九州大学に戻ってからも心臓血管外科医として休みなく働き、九州に骨を埋めるつもりだった。ところが50歳の時、大病を患い、手術後に片足にまひが残った。

 「もう心臓外科医はできないと思い、当時の教授に『辞めさせてください』と申し入れると、『立ってるだけでいいから大学に戻ってこい』とおっしゃってくださいました」

 現在もリハビリを続けながら、オペ室で後進の指導に当たる。「片足で立っているようなものなので、手術が終わるとぐったりしますが、まだ教えなければならないことがあります」

 13年前に横浜市大の教授候補にノミネートされ、期せずして教授に選ばれてしまい、九州を後にした。「人生何が起こるかわからないものです。仕事ばかりで家庭を顧みず、子育ても任せっぱなしで、今は単身赴任。病気で生活がどうなるかわからない時も、ずっと支えてきてくれた妻にはとても感謝しています」

 後輩たちにはできるだけ家族との時間を大切にしてほしいと話す。「私の教室では育休をとった男性医師もいますが、どうしても業務が多くて時間外勤務が長い医師が少なくなく、申し訳ないと思っています。働きすぎるなと言われいますが、急患を断るわけにもいかないので、どうしたらいいのかと悩みます」

 ◇学生はコミュニケーション力を

 学生たちにはコミュニケーション力をつけることが大切だと強調している。「医療とは不確実なもの。どんなに質の高い医療をして結果がよくても、患者さんやご家族とのコミュニケーションがうまくいかなければ、トラブルになることもあります」

 益田医学部長自身、ベストを尽くしたのにトラブルに巻き込まれ、キャリアを絶たれた医師を目の当たりにしてきた。患者さんのためだけではなく、自分を守るためにもコミュニケーション能力は欠かせないと痛感する。

 「今の学生は本当に忙しくて大変だと思いますが、部活動に参加したり、病棟実習で患者さんと会話をしたりして、SNSを通してだけではなく、積極的に直接人と交流するようにと話しています」

 アットホームな雰囲気の中で、知識や技術はもとより、人間力も鍛えられる充実した6年間が過ごせそうだ。

【横浜市立大学医学部および病院の沿革】
1871年 付属病院の前身となる「仮病院」を開設
  72年 焼失により横浜中病院として再出発
      中病院を移転、横浜共立病院開院
  74年 県立十全病院に改称
  91年 横浜市十全病院に改称
1944年 横浜市立医学専門学校設置
  49年 旧制大学に昇格、横浜医科大学となる
  49年 横浜医科大学病院に改称
  52年 横浜市立大学と統合、医学部設置
  54年 横浜市立大学医学部病院に改称
  61年 大学院医学研究科(博士課程)設置
  91年 医学部が福浦地区へ移転し、医学部付属病院開院
      医学部病院を医学部付属浦舟病院に改称
2000年 医学部付属浦舟病院を医学部付属市民総合センターに改称
  05年 公立大学法人横浜市立大学発足
      公立大学法人横浜市立大学付属病院、
      公立大学法人横浜市立大付属市民総合医療センターとなる



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