2024/12/06 17:18
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研究成果の概要
【論文の背景と概要】
着床前検査とは、体外受精を前提として受精卵の一部を採取し、遺伝学的検査を行い、遺伝性疾患を避ける目的で1990年に発表された。その後、不妊症、不育症患者の異数性の胚を調べて正常胚を移植することで流産を避ける目的で着床前染色体異数性検査PGT-Aが報告され、女性の妊娠高年齢化により染色体異数性流産が増加することから、一部の先進国で瞬く間に広がった。この技術は、胚を廃棄する、優性思想である、自然妊娠可能な女性に体外受精の負担を強いる、長期的な児の安全性が不明である、と言った倫理的課題がある。そのため日本産科婦人科学会(学会)は1998年に「着床前診断に関する見解」を策定し、臨床研究として、重篤な遺伝性疾患のみ、一例一例を審議して実施を許可する仕組みを作った。そのため、遅くとも20歳までに死亡もしくは寝たきりになる重篤な遺伝性疾患PGT-Mとカップルのどちらかに染色体構造異常のある不育症PGT-SRのみが認められ、PGT-Aを禁止した。
2004年、日本で最初にPGT-Mが実施されたとき遺伝性疾患の2症例について議論された。当時は、PGTが申請されただけで新聞の1面トップに大きく掲載されるほど社会はPGTに懸念を感じていた。また、神経筋疾患、ダウン症候群など海外でPGTの対象となっている患者団体はPGTに反対を表明した。学会は、これらの患者団体やマスコミが参加できる公開倫理委員会を数回開催し、障害のある人に対して配慮しながら最初の2例を承認し、日本でのPGTが始まった。
当時ある医師が学会に申請することなくPGTを実施し、新聞がこれを取り上げ、学会の対応を迫った。学会は、この医師を除名処分にしたが、不育症の患者を取り込んで「学会がPGTを禁止するのは女性の幸福追求権を阻害する」とする裁判を起こした。この裁判は最高裁で、その医師がPGTを実施しており、学会は自主規制しているだけで権利の阻害に当たらないとして、最高裁で学会の勝訴が決まった。
PGTは細胞を採取することで妊娠率が低下したり、モザイクにより診断が100%正しいわけではなく、そのために、不妊症、不育症の患者がPGT-SR, PGT-Aを実施しても患者あたりの出産率が改善することは現在でも証明されていない。PGTは「不確実なサイエンス」である。
学会はPGT-Aを禁止してきたが、一部の医師などによってPGTのメリットが強調された結果、2014年には妊娠女性の高年齢化によってPGT-Aのニーズが高まったとして学会の特別臨床研究を実施し、2019年に「不妊症、不育症においてPGT-Aは出産率を改善しないし、流産も減少させなかった」と発表した。その後、参加施設を増やして臨床研究を継続した。2022年1月には見解を改定し、PGT-Aを解禁した。
私たちは、論文の最後に以下の意見を示した。
・国が生殖医療の法制化を行うことを強く希望した。
・不確実な科学であるPGTに税金を原資とした健康保険の適用などは不適切である。
・患者にはPGTの利点と欠点をバイアスなく説明してくれる不育症認定医を探し求めることを推奨する。
【研究のポイント】
・日本で初めてのPGTを学会に申請し、継続的に実施してきた本学が、日本のPGTの歴史と課題についてを概説した論文が、世界的超一流医学雑誌に受理された。
・法制化が遅れたために起こっている課題をあげ、政府に対して生殖医療の法制化を実現することを強く求めた。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
日本は生殖技術がめざましく進歩する中、法制化が遅れ、学会が見解によって自主規制する唯一の国であり、日本における着床前診断の歴史、法制化が必要と何度も指摘されながら法制化が実現していない現状について、世界的超一流医学雑誌Nature Medicineに公表された。
先進国でありながら、生殖医療に関する法制化が遅れる日本の現状について世界に発信されたことにより、法制化が進むことが期待できる。
【用語解説】
着床前検査:従来着床前診断と言われてきた。着床前遺伝学的検査
PGT-M: preimplantation genetic testing for monogenic defects
PGT-SR: PGT for structural rearrangement
PGT-A: PGT for aneuploidy
【研究助成】
文部科学省共同利用・共同研究拠点
【論文タイトル】
The uncertain science of preimplantation genetic testing in Japan
【著者】
Mayumi Sugiura-Ogasawara, and Takeshi Sato
名古屋市立大学大学院医学研究科 産科婦人科学および不育症研究センター
【掲載学術誌】
Nature Medicine
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41591-022-01920-1
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学大学院医学研究科 産科婦人科学 教授 杉浦(小笠原)真弓
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
E-mail:og.mym@med.nagoya-cu.ac.jp
【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学病院 病院管理部経営課経営係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-858-7113 FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp
(2022/08/17 10:13)
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