近年、健康に悪影響を及ぼすような習慣を直ちに止めることができない状況に対し、可能な限り害を減らす対策を講じるハームリダクション。喫煙に関しては、たばこの燃焼時に発生する有害化学物質への曝露とそれによる健康障害を回避させる、たばこハームリダクションがあり、紙巻きたばこから加熱式たばこへの移行を介してこれらのリスクを低減させるという。4月23日に東京都で開かれたフォーラム(主催ブリティシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン合同会社;BATジャパン)では、政策・医療・経済の視点でたばこハームリダクションについて議論が交わされた。加熱式たばこの健康障害リスクには2つの誤解があるという。

喫煙は"quit or death"の二者択一の考え方でない

 たばこハームリダクションは米国医学研究所(現全米医学アカデミー)が提唱した公衆衛生戦略で、喫煙者数がゼロにならない現実を踏まえ、たばこの使用に伴う健康リスクを低減させる目的がある。

 BATジャパン社長のEmma Dean氏は「特に若年層による紙巻きたばこから加熱式たばこへの切り替えのインパクトは、公衆衛生の観点で期待される」と述べた。仮に日本における紙巻きたばこ喫煙者の50%が加熱式たばこに切り替えた場合、年間最大約1,200万人もの喫煙関連疾患の患者数を減らすことができるという。この数字は小さくなく、同氏はスモークレスな社会を実現する真の機会を迎えているとした。

 BATが電子たばこに参入した2012年当時、たばこ管理においては"quit or death(禁煙するか死を選ぶか)"の二者択一の考え方が定着していた。しかし、たばこハームリダクションという対策が介入することで、喫煙による死を変革できる可能性がある。

 人が生活にニコチンを取り入れてきた歴史は600年以上にも上り、直ちに喫煙習慣を止めることは必ずしも容易でない。同社最高企業責任者のKingsley Wheaton氏は、習慣を続ける期間を念頭に置いた上で「今後、たばこハームリダクションに対する意識を加速させる必要がある」と指摘した。

ニコチン自体には健康障害リスクはない

 同社リサーチ&サイエンスディレクターのJames Murphy氏は、加熱式たばこと健康に関するエビデンスを説明した。スウェーデンは、ニコチンとフレーバーが一体となったものを唇と歯茎の間に入れ口蓋粘膜でニコチンを取り込むオーラルたばこ製品を導入したところ、喫煙率が5.4%に低下し、EUの中で最も低い喫煙率となった。世界保健機関(WHO)が定義する非喫煙国の水準である5.0%以下に近付きつつある。さらに、喫煙による死亡率はEU平均より35%低下した。

 同製品はスウェーデン以外の欧州連合(EU)では導入されていないが、もし導入されれば今後10年間で350万人以上の命が救われると試算されている。これがたばこハームリダクションによるプラスの影響である。

 同氏によると、加熱式たばこが誤解される点として、①ニコチンは健康障害リスクを有する、②紙巻きたばこと同程度の健康障害リスクがある―の2点だという。①については米食品医薬品局(FDA)などの規制当局も指摘しているが、ニコチンは依存性があるため成人に使用を限定されるべきであるものの、がん、肺疾患、心血管疾患を惹起する要因でなく、たばこの燃焼によって発生する有害化学物質を含んだ煙を体内に取り込むことでこれらを来す

 そのため②に関しては、両者のリスクが同等でないという。さらに厚生労働省は、主な加熱式たばこ製品のエアロゾルに含まれるWHO指定の化学物質9種類のうち6種類を測定。その結果、紙巻きたばこに含まれる主要な発がん性物質の濃度に比べ、加熱式たばこ製品では濃度が低いことが分かった。

 日本の紙巻きたばこの販売量は、2018~23年で1,336億本から892億本へと約33%減少している。同氏は、Dean氏が示した加熱式たばこへの切り替えによる日本の患者数の試算に言及し、健康障害リスク低下に期待感を示した。

「禁煙以外の選択肢の提供が世界的に広まっている点は認識すべき」

 衆議院議員で、自由民主党の国民の健康を考えるハームリダクション議員連盟会長の田中和徳氏は、海外におけるたばこハームリダクションの認識に比べ日本は後れを取っているとの認識を示し、厚労省によるエビデンス発信に期待を寄せた。また、この10年間で喫煙者の約半数は加熱式たばこに切り替えている現状を踏まえ、同氏は「健康被害が大きい紙巻きたばこは税負担率を上げるべきではないか」と提案した。

 元厚労省医政局長で岩手医科大学客員教授の武田俊彦氏は、「厚労省は、どちらかといえば喫煙は止めるべきという観点で推し進めてきており、ハームリダクションという考え方はなかった」と述べた。しかし、ヘルスプロモーションとレギュレーションの2つの観点からたばこハームリダクションを考えるべきだとした。前者に関しては行動変容が求められるものの、禁煙が極めて難しいとの認知は以前からあった。同氏は「禁煙以外の選択肢の提供が世界的に広まっている点は認識すべき」と指摘した。

 政府からはたばこハームリダクションや加熱式たばこのエビデンスを問われるが、2017年以降、ヒト臨床試験を含む論文が11報蓄積されている。「今後、厚労省としてこれらのエビデンスをいかに国民に浸透させていくかが新たな仕事になる」と述べた。

紙巻きたばこによる火災で年間約150人が死亡

 早稲田大学公共政策研究所招聘研究員の渡瀬裕哉氏は、約7年前に総務省が加熱式たばこ等の安全性に関する会議において、加熱式たばこは明らかな火災発生の原因とはならず、紙巻きたばことは異なるとした報告を紹介した。同氏によると、火災の主な原因はたばこによるもので、年間約150人が火災により死亡し、それに伴う経済損失は50億円弱に上るという。この点を踏まえ、同氏は「技術革新による加熱式たばこの登場は極めて合理的と考えるべきである」「加熱式たばこでは火災が起こりにくいというエビデンスが明白である」と述べた。

 前述の総務省会議の委員を務めていたという武田氏は、紙巻きたばこが火災を引き起こす原因について「巻いてある紙が燃焼し続けるように開発されているためだ」と説明。燃焼することで発生する有害化学物質や火災の原因となる紙を除去すれば、自ずとハームが減少するという科学的な議論が重要であると主張した。

 また、医療界でのハームリダクションの理解なしに厚労省で推進するのは困難だと指摘した。加熱式たばこと紙巻きたばこのデータに基づくエビデンスを創出することの重要性を挙げた。その一方で、「加熱式たばこには長期の安全性および子供の喫煙といった懸念点が残る」とし、「喫煙の選択肢を与え、データに基づいて議論し、懸念点に対しては手を打つということが大事だ」と説明した。

 これに対し、Murphy氏は「未成年者を惹きつけるような加熱式たばこのフレーバー製品や年齢に対する制限は重要である」との認識を示した。

(編集部・田上玲子)