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脳脊髄液の微細な動きをMRI撮像法IVIMで観測 公立大学法人 名古屋市立大学

 脳脊髄液は、脳血液循環や呼吸に連動して拍動しながら脳の活動や脳内の老廃物を睡眠中に洗い流す役割が認知症と関連して注目されている。ヒトの脳脊髄液の複雑な拍動性の動き(流れ)はMRIで観察されてきたが、従来のMRI撮像法では観察が難しかった微細な脳脊髄液の動きをintravoxel incoherent motion (IVIM)撮像法で比較的短時間で観測できることを発見した。

        Fluids and Barriers of the CNS  (2023年3月10日に掲載)

               研究成果の概要

 本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、山形大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、コンピューターシミュレーションを用いて、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、脳の老化現象をシミュレーションし、脳卒中正常圧水頭症認知症などの病態を解明することを目指している。これまで高解像度の3テスラMRI装置を用いて、3次元MRIで脳と脳脊髄液腔を、4次元フローMRIで脳血流と脳脊髄液の3次元的な動きを計測してきた。しかし、4次元フローMRIでは1秒間に0.5mm程度までの低流速が観測限界であり、他のMRI撮像法でも脳や脳動脈の拍動によって生じる脳脊髄液の微細な動きは計測できなかった。そこで本研究は、従来は主に「がん」を栄養する血管の微細な血流の検出に活用されていたIVIM MRI※1が、脳脊髄液の微細で複雑な動きの観測に有用であることを初めて発表した。
 本研究成果は、国際水頭症学会(International Society for Hydrocephalus and CSF Disorders: ISHCSF)の機関誌であるFluids and Barriers of the CNSに掲載された。

【背景】
 脳脊髄液の複雑な動き(流れ)は、これまでにCine MRI, Phase-contrast MRI、Time-SLIP MRI、4次元フローMRIなどの撮像法で観察されてきたが、これらの撮像法では脳表に近いくも膜下腔内の脳脊髄液の動きは観察できなかった。くも膜下腔内の脳脊髄液は脳動脈の拍動によって微細に拍動しており、この拍動を利用して脳動脈の周囲から脳内に入り、脳の活動・代謝によって産生される老廃物を睡眠中に洗い流す働き「グリンパティック機構※2」が認知症の予防と関連して注目されている。そこで、従来は「がん」を栄養する新生血管の微細な血流や肝臓などの臓器の硬さを計測することを目的に撮影されるIVIM MRIを応用して、脳脊髄液の複雑で微細な拍動流を観測したいと考えた。

【研究の成果】
 20歳以上の健常ボランティア132人と特発性正常圧水頭症(iNPH)※3患者36人の協力を得て、高解像度の3テスラMRI装置を用いて、b値が0, 50, 100, 250, 500, 1000 s/mm2の6条件でDiffusion(拡散)強調MRIを撮影した。3DボリュームアナライザーSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)のIVIM解析アプリケーションを用いて、脳室から脳表のくも膜下腔まで45箇所の脳脊髄液腔を選択して、ADC値, D値, D*値, f値※4を計測した。この結果、f値が脳脊髄液の微細な動きを最も反映している可能性が高いことを発見し、このf値で計測される脳脊髄液の微細な動きの加齢性変化と、脳室とシルビウス裂が拡大して、高位円蓋部・正中のくも膜下腔が狭くなるDESH※5の画像所見を認めるiNPH患者で計測した。この結果、iNPH患者は同年代の健常者と比較して、脳室内やシルビウス裂や高位円蓋部のくも膜下腔内など広範囲でf値が低下しており(下図)、iNPH患者では脳脊髄液の停滞、グリンパティック機構の機能低下が示唆される。


【研究のポイント】
・IVIM MRIで算出されるf値を用いて、脳脊髄液の微細で複雑な動き(流れ)を観測した。
・iNPH患者は同年代の健常者と比較して、f値で表す脳脊髄液の微細な動きが広範囲で低下。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
 本研究によって、従来は観測が難しかった脳表のくも膜下腔内の脳脊髄液の微細な振動性の動きをIVIM MRIのf値で定量的に示すことができるようになった。IVIM MRIのf値が、どの程度の流速もしくは振動性運動を反映しているのかについては検証を行っているが、この方法により比較的簡便に脳脊髄液の動きを全脳の広範囲で観測することが可能となり、iNPHだけでなく、認知症などの脳脊髄液の動き、脳代謝が関連する脳疾患にも応用できるのではないかと考えている。さらに、脳血液循環・脳代謝と脳脊髄液の動きをコンピューターシミュレーションで3次元モデル化し、脳の老化認知症脳卒中などの病気のメカニズム解明を目指す我々の医工連携研究にも応用していく予定である。

【用語解説】
※1 IVIM MRI: Intravoxel incoherent motion MRIは、水分子のランダムな動き(incoherent motion)や自由拡散(diffusion)と微小循環を示す一定方向の動き(coherent motion)と灌流(perfusion)を分離して提示する撮影方法。
※2 グリンパティック機構:脳内に存在するグリアのリンパ系の働きを示す造語で、睡眠中に活性化して脳内に蓄積した老廃物を洗い流す役割があると考えられている。
※3  特発性正常圧水頭症(iNPH):歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。
※4 f値:IVIM MRIにおける微小灌流成分を0~100%の数値で定量的に示す。
※5  DESH: Disproportionately enlarged subarachnoid space hydrocephalusの略で、高位円蓋部、特に正中のくも膜下腔が狭くなっているのに対して、シルビウス裂と脳底槽のくも膜下腔が拡大している,くも膜下腔が不均衡になっているiNPHに特徴的な特徴画像所見

【研究助成】
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築]
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) [研究課題名:ヒト脳髄膜・脊髄神経根鞘内-髄液排液システムの微細構造学的・MRI画像解析]
・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション]
・公益財団法人大樹生命厚生財団 医学研究特別助成 [研究課題名:正常圧水頭症による認知症の診断・治療]

【論文タイトル】
Usefulness of intravoxel incoherent motion MRI for visualizing slow cerebrospinal fluid motion

【著者】山田 茂樹1, 2, 3)、平塚 真之輔4)、大谷 智仁5)、伊井 仁志6)、和田 成生5)、大島 まり3)、野崎 和彦7, 8)、渡邉 嘉之4)

 所属    1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座
     2;洛和会音羽病院 正常圧水頭症センター
     3;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所
     4;滋賀医科大学 放射線医学講座
     5;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座
     6;東京都立大学大学院システムデザイン研究科・機械システム工学域
     7;滋賀医科大学 脳神経外科学講座
     8;東近江総合医療センター

【掲載学術誌】
学術誌名:Fluids and Barriers of the CNS
DOI番号:10.1186/s12987-023-00415-6

【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院医学研究科 脳神経外科学 講師 山田 茂樹
愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1
TEL:052-853-8286  FAX:052-851-5541
E-mail:shigekiyamada393@gmail.com

【報道に関するお問い合わせ】
名古屋市立大学 病院管理部経営課
愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-858-7113  FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

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【共同研究に関する企業様からの問い合わせ】
名古屋市立大学 産学官共創イノベーションセンター
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E-mail:ncu-innovation@sec.nagoya-cu.ac.jp


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