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広がる市販薬の乱用 
若者の薬物依存症が深刻化

 薬物依存と聞くと、覚醒剤大麻、危険ドラッグを思い浮かべがちだが、ここ数年で急激に増えているのが、市販薬による薬物依存症だ。医学ジャーナリスト協会で講演した国立精神・神経医療研究センター病院薬物依存症センター長の松本俊彦氏は「ドラッグストアで簡単に手に入る市販薬は、処方薬より効果が低く副作用も少ないと考えがちだが、過量摂取すれば、依存症や肝障害で死に至ることもある。今後の薬物対策は『逮捕されない薬物』の乱用に関する対策が重要な課題」と次のように警鐘を鳴らす。

 ◇依存対象が市販薬にシフト

 「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患実態調査」(10代における「主たる薬物」の推移)によると、薬物依存症で治療を受けた10代の患者が依存対象とした主な薬物のうち、2014年には脱法ハーブなどの危険ドラッグが約5割を占めていた。しかし、危険ドラッグへの規制が強化された18年以降、急激に市販薬が増加し、22年には7割近くに及んでいる。

10代における「主たる薬物」の推移 (松本氏らによる調査)

 かつて危険ドラッグを使用した10代は、ほとんどが学業を中断した男性で非行歴があった。近年、市販薬を乱用する10代は、学業に問題はなく非行歴もない女性で、表面的には〝よい子〟である場合が多い(出典:宇佐美貴士、松本俊彦:10代における乱用薬物の変遷と薬物関連精神障害患者の臨床的特徴.精神医学 62<8>:1139-1148、2020)。ストレスや生きづらさを抱えた子が、つらさを紛らわすためにアクセスしやすい市販薬を乱用して、依存症に陥っている状況がうかがえる。

 ◇死に至る場合も

 市販薬は処方薬より効果も副作用も少ないと思われがちだが、決してそうではない。市販の睡眠薬の中にはブロモバレリル尿素が含まれている場合があるが、これは依存性があるため、現在は医療機関では処方されなくなった成分だ。鎮痛剤に含まれるアリルイソプロビルアセチル尿素にも依存性がある。ほとんどの鎮痛薬や風邪薬には無水カフェインが入っており、過量に摂取すれば、やめたときにかえって頭痛や眠気を引き起こすため、いつまでもやめられない状況が続くことになる。せき止めや総合感冒薬に含まれることが多いジヒドロコデイン、メチルエフェドリンには意欲を高めたり、不安を和らげたりする働きがあるため、どんどん量が増えて依存症に陥りやすい。解熱剤のアセトアミノフェンは過量摂取すれば重篤な肝障害によって死に至る可能性もある。

 用法用量を守って服用していれば問題ないが、1人1箱など、購入制限が設けられている薬でも、ドラッグストアをはしごすれば簡単に手に入ってしまうのが現状だ。

 ◇痛みを抱えた人への支援を

 薬物依存を抱える若者に対して、すぐにやめさせようとする性急な対応は、かえって事態を深刻化しかねない。つらさを緩和するために薬を服用しているので、いったん依存症に陥った患者が離脱をするのは簡単なことではない。無理に断薬した後で、自殺したケースもある。「ダメ。ゼッタイ」というキャッチコピーがあるが、このような脅しは無意味などころか、かえって逆効果になることもある。

 問題はクスリというモノだけではない。痛みを抱えた人の支援こそが大切だ。周囲の大人が若者のSOSに気付くこと。その上で、頭ごなしに「何バカなことやっているんだ」という処罰的な対応ではなく、「何があったの?」と寄り添い、耳を傾けることが必要だ。(ジャーナリスト・中山あゆみ)

松本俊彦氏

松本俊彦(まつもと・としひこ)

 1993年佐賀医科大学医学部卒業、2000年横浜市立大学医学部付属病院精神科助手、03年医学博士、同精神医学教室医局長、04年国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部専門医療・社会復帰研究室長、07年同研究所薬物依存研究部室長、15年同研究所薬物依存研究部長、17年薬物依存症センター長併任。「世界一やさしい依存症入門 やめられないのは誰かのせい?」(河出書房新社)など著書多数。

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