治療・予防

輸血用を上回る薬剤用
~知られていない献血血液の役割~

 献血で得られた血液は、主に事故による大量出血や手術の時に輸血用として使われる輸血用血液製剤になるイメージが強い。しかし、献血血液の血漿(けっしょう)から、神経免疫疾患などの治療に有効な「血漿分画製剤」も造られていることはあまり知られていない。割合は、血漿分画製剤用が輸血用を上回る。問題は、30代以下の若年層で献血する人が減っていることだ。血液事業を担う日本赤十字社や治療薬の効果を知る医師らは、将来的に献血血液を安定的に確保する重要性を訴えている。

献血をする男性=2023年12月、東京八重洲献血ルーム

 ◇血漿分画製剤が54.7%

 献血には、全血献血と成分(血漿と血小板)献血の2種類がある。輸血用血液製剤は全血製剤、赤血球製剤、血漿製剤、血小板製剤の四つがあり、患者の症状に合わせて使用されている。

 一方、血漿を治療に必要な成分ごとに分けて精製したのが血漿分画製剤だ。神経疾患や重度の感染症川崎病などに用いる免疫グロブリン製剤、やけどやショックなどに使用するアルブミン製剤、血友病などに用いる血液凝固因子製剤がある。日本赤十字社から年間約120万リットルの原料血漿の供給を受け、一般社団法人日本血液製剤機構、KMバイオロジクス、武田薬品工業の3社が製造に当たっている。

 日本赤十字社血液事業本部の辻本芳輝・広報係長によると、献血血液の用途は輸血用製剤が45.3%、血漿分画製剤が54.7%(2023年度事業計画)となっている。この事実に驚く人は少なくないだろう。辻本係長は「献血は患者の命を救うために健康な人が善意で血液を無償で提供するボランティア活動だ」と話す。

三澤園子准教授

 ◇診療ガイドラインに維持療法

 神経免疫疾患は免疫の異常によって、脳など中枢神経、末梢神経、筋肉などに炎症が起きる病気だ。慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)や重症筋無力症ギラン・バレー症候群などがある。

 千葉大学大学院の三澤園子准教授(脳神経内科学)はCIDPについて、「神経の役割は細胞体からつながる軸索を通じて末梢に情報を伝達することだ。軸索を囲む髄鞘(ずいしょう)に炎症が生じ、情報伝達がブロックされ、筋力低下などが起きると考えられている」と説明する。電気コードの絶縁体が損傷し、電流が流れなくなる状態に似ている。

 推定患者数は約4180人で、末梢神経の炎症によって手足がしびれたり、筋力の低下を引き起こしたりする。はしが使いづらい、歩きにくい、洗髪の際に腕が上がらない―といった生活の質(QOL)に大きく影響する。2024年に改定された診療ガイドラインでは、治療開始時に加え、改善した状態を長期的に保つ「維持療法」にも免疫グロブリン製剤が有力な選択肢とされている。

 ◇「人生のハンドル」握る

 30代前半の池崎悠さんはCIDPの当事者だ。剣道に励んでいた中学3年生の時、脱力感や痛みに襲われた。やがて腕が上がらなくなるようになるまで症状が悪化し、高校の時に2回、大学の時には3回入院生活を送った。学業や友人関係に苦労し、「自分の人生のハンドルの半分は病気が握っていた」と振り返る。それが変わった。

 池崎さんを支えたのが維持療法だ。以前の薬剤大量投与では一時的に再発を繰り返し、働き続けることは難しかった。維持療法には、免疫グロブリン剤の点滴とともに、患者が自宅でも可能な皮下注射もある。

 池崎さんは結婚し、子どもにも恵まれた。育児や仕事での支援を基に「人生のハンドル」を握った池崎さんは言う。「息子と夫と毎日、笑顔で過ごすことができます」

東京八重洲献血ルーム=日本赤十字社提供

 ◇若年献血者が減少

 献血者は2009年度から約500万人前後で推移してきた。懸念されるのは若年層の割合が減少を続けていることだ。09年度は40代以上が約248万人、30代が約283万人だったのに対し、22年度には40代以上が約334万人と増える一方、30代以下は約167万人に減少した。

 三澤准教授は「献血することで人助けができる。献血は『元気と幸せのお裾分け』と考えてほしい」と訴える。

 辻本係長は「多くの人たちの継続的な協力が必要だ」と強調する。日本赤十字社は献血Web会員サービス「ラブラッド」を運用、献血の予約をWebサイトやアプリから手軽にできるサービスの提供などに取り組んでいる。さらに21年から23年にかけて、名古屋市西区、大阪市北区、東京都中央区に、利便性が高く、献血する人が快適に過ごせる環境を備えた血漿成分献血専用ルームを開設した。

 未来に向けて安定した血液確保が求められている。(鈴木豊)

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