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全身の病気が目に現れる
~部位により自己免疫疾患も~ 第8回

 高血圧動脈硬化糖尿病などの全身病が眼球の病気(合併症)として時に表面化することがあります。糖尿病網膜症は眼底に出血などの病気が出現する病気で、失明原因の第1位になっていた時期もありました。糖尿病の早期発見・早期治療が次第に常識化され、日本糖尿病眼学会などの啓発活動で糖尿病患者の眼科への定期検診が奨励されるようになったこともあってか、最近は第3位あたりです。

 進行してしまった糖尿病網膜症は治療をしても十分視機能が回復することは難しく、早期発見・早期治療が何よりも大切です。これには内科医と眼科医の連携がどうしても必要ですが、近隣にこの二つの診療科がない過疎地では、どうしても治療が遅れがちであることも指摘されています。

図1 網膜静脈分枝閉塞の眼底写真

図1 網膜静脈分枝閉塞の眼底写真

 高血圧動脈硬化糖尿病などの血管障害のリスクになりうる病気を持っている方に生じる眼合併症に、網膜静脈閉塞や網膜動脈閉塞、虚血性視神経症といった病気があります。中でも網膜静脈閉塞は比較的頻度の多いものです。視神経乳頭に集まってくる静脈(中心網膜静脈)が閉塞して出血することもありますが、図1のように網膜静脈の枝(この例では網膜の上半分の枝)に閉塞が起こることも結構多いのです。この図を見て、大きな出血さえなくなれば治るような気がするかもしれません。確かに出血は次第に吸収しますが、出血領域の網膜には大きなダメージが 残り、視力や視野障害が残ります。レーザー光凝固治療や、近年では抗VEGF(血管内皮増殖因子)製剤の眼内投与法が応用され、病気の活動性を鎮静化させて緑内障などの2次的合併症を防止するのが治療の目標です。

 ◇新たな薬の登場

 細胞や組織が自分自身の物である限り守られていますが、何らかの理由でそこに異変が起きて自分の物でないと認識すると、免疫応答が働いて組織を攻撃し、排除する仕組みが生物には備わっています。これが自己免疫疾患に結び付きます。眼球内で自己免疫性病による炎症が起こりやすい部位としては、ぶどう膜(眼球の中膜を形成する虹彩、毛様体、脈絡膜の総称)と視神経が挙げられます。

 ぶどう膜炎の代表格はベーチェット病です。しばしば再発を繰り返し、視機能を著しく低下させる難病です。眼球以外にも皮膚や粘膜、関節、静脈や、時には消化管、脳にも炎症を起こします。

 視神経に起こるものとしては、多発性硬化症と視神経脊髄炎スペクトラム障害があります。突然片眼あるいは両眼の視力低下が起こり、再発を繰り返しやすい治療が困難な病気です。

 最近の治療におけるブレークスルーとして特筆すべきは分子標的薬(病気の原因となっている特定の分子を狙い撃ちにするように設計された薬)の登場です。高額なことや感染症を起こしやすい副作用があることが難点ではありますが、治療効果・再発予防効果には目覚ましいものがあります。

 ◇像が二つ「複視」に注意

 眼球の機能として、左右それぞれの目の視機能だけでなく、両眼で見て初めて加わる距離感、立体感を検出するという大事な「両眼視機能」があります。眼球運動の制限が生じて目の位置に変化が起きた時にこの機能が損なわれ、「複視(両眼で見て像が二つに見える)」という形で気付くことがあります。

 眼球を動かしている六つの筋肉(外眼筋)は動眼神経、滑車神経、外転神経と呼ばれる脳神経に支配されていますから、脳内の動脈瘤、腫瘍や神経を栄養とする血管の問題などで自在に目が動かせなくなり、本来の目の位置が変化することで複視を生ずる結果となります。

 自己免疫のメカニズムで外眼筋の機能低下が起こる病気があります。例えば、重症筋無力症は全身のどの筋肉にも起こり得るものですが、外眼筋やまぶたを開けるための上眼瞼挙筋は症状が出易い部位で、この病気の7割以上で初発時あるいは経過中に眼瞼下垂や複視の症状が出現します。特に両眼視機能が発達途上の幼児では、眼瞼(がんけん)下垂や複視がそれを抑制する可能性があり、眼科医による適切な管理が必要となります。

図2 甲状腺眼症のMRI(右眼の側面像)。この断面では上直筋の腫脹(しゅちょう)が目立っ

図2 甲状腺眼症のMRI(右眼の側面像)。この断面では上直筋の腫脹(しゅちょう)が目立っ

 ◇甲状腺眼症を扱う医師が少ない

 バセドウ病でイメージされる眼球突出は極端な場合ですが、甲状腺眼症は機能亢進(こうしん)症や橋本病などの甲状腺の病気で見られることがあります。眼球運動の制限や目の位置異常による複視で表面化することがある、両眼または片眼の外眼筋の腫脹 (図2)が特徴です。

 甲状腺関連抗体が外眼筋などの眼球周囲の組織に出現して悪さをすることが推定されています。厄介なことに、甲状腺の治療をして甲状腺機能が良好な状態にあっても眼症が出てくる場合が多いので、甲状腺を扱う内科だけで治療していれば大丈夫というのもではないのです。しかし、甲状腺眼症の治療を積極的に行っている眼科の施設は限られていて、早期治療ができずに回復させる機会を逸してしまう例によく遭遇します。

 医学が進歩すると、専門科の縦割り化が進むのは仕方ない点もありますが、一つの診療科だけで完結するとは限りません。こうした全身病にとっては弱みになりやすいことにも気付いておきたいものです。(了)

 若倉雅登(わかくら・まさと) 
 1949年東京都生まれ。北里大学医学部卒業後、同大助教授などを経て2002年井上眼科院長、12年より井上眼科病院名誉院長。その間、日本神経眼科学会理事長などを歴任するとともに15年にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ、神経眼科領域の相談などに対応する。著書は「心をラクにすると目の不調が消えていく」(草思社)など多数。





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