「医」の最前線 緩和ケアが延ばす命

悔いのない「看取り」のために
感謝を伝える正しい時期とは-緩和ケア〔6〕 流れの中で「死」を受け止める

 便宜的な三徴候にとらわれず、「皆が(亡くなる人の)旅立ちを受け止めた時にすれば良い」という考えでした。確かに、いつまで人の聴覚が残っているかは分かりません。あるいは死の前後でも声は届いているかもしれません。受け止められる時間があることは、残された方々のその後にも関わります。このような時間の確保は大切です。

父の死去後も帰国せず、ホワイトソックス戦に先発登板して力投するマリナーズの菊池雄星投手=アメリカ・シカゴ 2019年04月05日【時事】

 ◇願いを尊重

 こう考えてくると、どのような看取りが良いのかも見えてきます。それは、看取りを一点、すなわち死の三徴候の場(つまり死亡確認の時点)に居合わせることと考えない、ということです。「看取り一点主義」だと、あくまで「死に目に会う」ことが最優先になります。けれども、亡くなる方のすべてがそれを望んでいるでしょうか。

 2019年3月末に大リーグ・マリナーズの菊池雄星選手のお父さんが亡くなりました。菊池選手は「父は生前、僕が野球に集中し、チームの勝利に貢献してほしいと願っていた。父の願いを尊重し、今シーズンを父にささげます」と声明を発表されています。そして忌引も取らず、「父の願い」を実践するためアメリカにとどまり、その後初勝利をあげています。

 最後の瞬間に立ち会うことだけが看取りではありません。

 旅立ちを前にしている人が最も望むことをする。それこそが最高の看取りだと思うのです。

 ◇死に目に会わなくとも

 先述したように、死期が迫ると通常のコミュニケーションが難しくなります。全身状態の不良等が脳に影響して、せん妄という意識の変容も高率で起きます。せん妄というと混乱や興奮のイメージがありますが、このようなはっきりした徴候を示さない「低活動型せん妄」という、見逃されがちなせん妄も相当数に上ります。

 こうしたことから正常なコミュニケーションが難しくなるため、しっかりと感謝などを伝えられるのは、亡くなる数日前より「前」ということになります。そして、見送る側と患者が十分な意思疎通を果たせることが重要だと考えれば「死に目に会う」の一点主義は、むしろお互いにとって良いとは言えません。

一般的な入院では図のように点滴やセンサー等が増えがちだが、亡くなってゆく方にはできるだけ管などが少なくなるように緩和ケアに熟達した医療機関では配慮される(画像はイメージです。大津秀一氏提供)

 がんの場合などは、亡くなる前の数日に、次回に説明する「身の置き所がない」様態に陥る方も多くおられます。このつらさにはモルヒネなどの医療用麻薬も多くの場合、効果がありません。そのため、安楽死とは異なりますが、眠るための薬剤を用いて意識を低下させて苦痛を緩和する「鎮静」が必要な場合があります。鎮静を行えば、さらにコミュニケーションが困難となります。

 ◇余命、感謝を伝える時期

 一方で誤解も多いのですが、「鎮静すればコミュニケーション困難」で「鎮静しなければコミュニケーションができる」とはなりません。鎮静が検討される場合は、余命が数日であることが多く、せん妄も高率に合併し、鎮静を行わずとも正常なコミュニケーションが難しいことも頻々とあります。

 このように亡くなる前というのは、まとまった会話が困難となります。「しっかりとその方に感謝を伝え、ともにこれまでを振り返り、別れの機会を持ちたい」というのならば、ある程度の期間、余裕を持って関わるべきですし、その一連の流れの中に看取りがあると考えます。死に目に会うこと至上主義から脱却することが大切なのです。(緩和医療医・大津修一)

【用語説明】臨死期
死が間近に迫った時期

大津 秀一氏(おおつ・しゅういち)
 早期緩和ケア大津秀一クリニック院長。茨城県出身。岐阜大学医学部卒。緩和医療医。京都市の病院ホスピスに勤務した後、2008年から東京都世田谷区の往診クリニック(在宅療養支援診療所)で緩和医療、終末期医療を実践。東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター長を経て、遠隔診療を導入した日本最初の早期からの緩和ケア専業外来クリニックを18年8月開業。
 『死ぬときに後悔すること25』(新潮文庫)『死ぬときに人はどうなる 10の質問』(光文社文庫)など著書多数

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