「医」の最前線 患者会は「今」
「再び、誇り高く美しく」
乳がんと共に生きる-あけぼの会【患者会は今】
◇「癒やしの場」を実現
乳がんと言われて、泣きながらハウスに駆け込む人も数多くいます。がんになり、あと何年生きられるかと考えて悲観する人たちですが、「私は術後20年…」「再発したが、私にあう薬に出会って30年」といった治療生活に触れる中で、「こんなに元気に生きられる」「希望が持てました」と、ホッとして笑顔で帰られます。
入会者に配布される書籍や冊子など
「乳房の再建について体験者の話が聞けて大変参考になりました。個々の決断を尊重して話を聞いてくださるので、毎回、心が楽になります」「再発して治療中ですが、どう生きたいか、どんな治療なら私にできるのか。薬効だけでなく、経済面も考えて選択しようと改めて思いました」といった声が寄せられています。
そんな「あけぼのハウス」ですが、常設の開催場所を持つのは難しいのが実情です。開催頻度を増やすとか、全国のがん診療連携拠点となっている436病院の「がん相談支援センター」の協力を得るなどして、K子さんの希望した「気軽に話せる、泣ける、癒やしの場」を実現できるよう願っています。
◇体験者の話を聞きたい
電話相談では、検診を受けて再検査と言われただけでパニック状態に陥り、「抗がん剤が怖い、あと何年生きられる?」と泣きながら話す人もいます。こうした電話には、自分の体験を織り交ぜながら検査の実情を説明すると落ち着きを取り戻し、再検査に行くことを約束されます。
「私はピアノのプロ、全摘するか温存(がんがある部分だけ切除して乳房の形をできるだけ残す)するか迷っている。全摘しても今までどおり練習や演奏ができるか体験者の話を聞きたい」「肺転移で治療中、同じような状態の会員さんは何年生きられたか教えてほしい」といった質問のほか、うつで苦しんでいる方から何度も何度も電話を受けることもあります。
母の日キャンペーンの参加者
◇「自分のような人を出さない」
「母の日キャンペーン」をご存じでしょうか。死亡した会員の家をワット隆子前会長が訪問した際、13歳の娘さんがお茶を出してくれたのですが、その手が心なしか震えているように見え、かわいそうでならなかったそうです。「残された子どもたちにあんな思いをさせたくない」との考えから1984年に始まり、30年間続きました。
キャンペーンは「お母さん乳がんで死なないで!」をスローガンに掲げ、母の日の正午に全国一斉に街頭でポケットティッシュを配布して自己検診とマンモグラフィー検診の大切さをアピールしています。
全国一斉配布は中止になりましたが、県やNPO団体などからの応援を受けて10県で継続しています。最近は「検査はどこに行けばいいのですか」「要精密検査と言われたのですが…」などの相談も増加しています。
この活動をきっかけに検診を受け、ステージⅣの乳がんがみつかった患者さんは「自分のような人を出さないために」と翌年から一緒にティッシュを配布。その後亡くなられたのですが、「彼女の気持ちを大切に、母の日キャンペーンは今後も続けて行きたい」と思っています。
(2020/01/15 07:00)