「医」の最前線 正しく恐れる

感染力とワクチンの効果で決まる攻防戦
~変異株、インド株後も要警戒~ ―コロナを正しく恐れる 第2回―

 ワクチン接種が、医療関係者・高齢者で急速に進み、65歳未満の年齢層や各職域でも接種が広がっています。いろいろな議論はありましたが、オリンピックも始まり、日本選手には頑張っていただきたいと思います。

開催反対の声が上がる中で東京五輪は始まった【AFP=時事】

開催反対の声が上がる中で東京五輪は始まった【AFP=時事】

 じわじわと東京での感染者も増えて来ています。緊急事態宣言が出ているにもかかわらず、頭打ちになっている感じは残念ながらありません。これから2週間ぐらいで、どれくらいの人が重症になっていくかによっては、さらに厳しい措置が取られるかもしれません。一方で、ワクチン接種が進んでいるので、感染者数が増えていても、医療体制は持つかもしれません。いずれにしろ、ここ2週間ぐらいで、方向性が見えてくると思います。

 ただ、従来とは異なる状況になる可能性を秘めているのが、メディアでも報道されている新型コロナウイルスの変異株です。特に、インド株(デルタ型)は感染力が強く、ワクチンの効果も弱くなるので、注意が必要だと報道されています。今回は、新型コロナウイルスの変異株について、ご紹介しようと思います。

 ◇恐れるべきはスパイクタンパク質変異

  まず、変異株とは何かということですが、これは名称通り、新型コロナウイルスの遺伝子に変異が入った株です。ただし、我々が恐れないといけないのは、スパイクタンパク質に変異が入った場合です。他の場所、例えば、カプシドとか膜に変異が入った株もたくさんありますが、今のところ、これらは問題になりません。なぜなら、スパイクタンパク質が、新型コロナウイルスの感染を引きおこす鍵であり、ワクチンが標的として、結合する部分だからです。例えば、スパイクタンパク質に変異が入ると、コロナウイルスが我々に感染しやすくなることがあります。今話題になっているインド株は、まさにこのタイプの変異で、従来のヨーロッパ株に比べると感染力が1.6倍で飛沫(ひまつ)感染も起こりやすいとされています(図1)。

変異型ウイルスのアミノ酸変異(図1)

変異型ウイルスのアミノ酸変異(図1)

 もう一つの重要な変異は、ワクチンの効果が弱くなる変異で、代表的なものは南アフリカ株(ベータ型)です。日本でも認可されているアストラゼネカ社のアデノウイルスベクターワクチンは、通常70%の発症予防の有効率ですが、南アフリカ株に対しては10%と極端に効果がなくなることが報告されています。

 では、ワクチンが効かなくなるから南アフリカ株が怖いかというと、そう単純でもありません。なぜなら、インド株と南アフリカ株が一緒にあると、感染力が強いインド株が先にどんどん感染を広げてしまい、南アフリカ株が感染できる人がいなくなってしまい、インド株だけになってしまう可能性が高いからです。

 すなわち、どの変異株が主流になるかは、感染力+ワクチンの効果によって決まるわけです。

 ◇ヨーロッパ株の感染力は中国株の1.6倍

 では、本当に変異株が増えると、今までの株を置き換えてしまうのでしょうか。これは、実際置き換わってしまいます。メディアではあまり報道されませんが、既に一度変異株への置き換えは、日本で起こっています。そんな話は聞いたことがないと思われるかもしれませんが、実は、最初日本で2020年の初めに流行した新型コロナウイルスは、中国武漢からのオリジナルの中国株です。第1回目の緊急事態宣言は、この中国・武漢株の流行に対して行われました。

 その後、スペインからと思われるヨーロッパ株(D614Gといわれるスパイクタンパク質のアミノ酸残基614番のアスパラギン酸〔D〕がグリシン〔G〕に置き換わる変異)が4月以降主流になってきました。このヨーロッパ株は、従来の中国株に比べ、飛沫感染力が高く、5㎝離れたところに置いたハムスターの感染実験では、中国株では感染が起きなかったのに対し、ヨーロッパ株では8ペア中5ペアで感染しました(東京大河岡教授の実験)。おおよそ1.6倍の感染力が上がっていると考えられています(図2)。

高い増殖効率と感染伝播力(図2)

高い増殖効率と感染伝播力(図2)

 その後、第2波・第3波は、まさにヨーロッパ株に置き換わっての流行でした。したがって、1回目の緊急事態宣言に比べ、第2回・第3回の宣言では、なかなか感染者が減らなかったわけです。

 ◇インド株感染力は中国株の3倍

 しかし、ヨーロッパ株の全盛も、長くは続きませんでした。その後、N501Yといわれるスパイクタンパク質の501番目のアミノ酸がN(アスパラギン)からY(チロシン)に変異したイギリス株(アルファ型)が神戸で見つかり、関西中心に流行し始めました。イギリス株は、ヨーロッパ株より1.6倍感染力が強いとされ(最初の中国株からすると、約2倍)、若者での重症化も起こりやすいといわれています。実際、イギリスでは、ほぼイギリス株に入れ替わりました。

 一方、関東、埼玉でブラジル株(ガンマ型)というN501Yの変異に加え、E484K(484番目のアミノ酸がE〔グルタミン酸〕からK〔リシン〕に置き換えられた変異株)というワクチンの効果を弱くするのではないかとされる変異を併せ持つ株が流行し始めました。また、東京都内では、同様の変異を持つフィリピン株も流行し始めました。さすがは、国際的な貿易国家の日本で、それぞれの国の変異株が覇を競う状況になってきたわけです。どの株が主流になるか、まさにそれぞれの変異株が猛威を振るい始めた状況で、今度はインド株がやはり神戸で見つかり、皆さんご存じのように主流に躍り出つつあります。

 既に、イギリス株の本家・英国では、イギリス株はほとんど駆逐され、インド株に完全に置き換わっています。それだけ、インド株は感染力が強いわけで、イギリス株の1.5倍といわれていますので、最初の中国株に比べると3倍ということになります。まだ、日本国内での戦いは分かりませんが、早晩インド株に置き換わるように思われます。

 もう一点懸念されるのは、我々が接種しているファイザー社やモデルナ社のRNAワクチンの効果がインド株で減弱するという報告です。既に、多くの国民の接種が終わっているイスラエルでも再度コロナの感染者が増えており、ファイザー社のワクチンの効果がヨーロッパ株には95%の発症抑制を示すのに対し、インド株では65%程度にまで発症抑制率が落ちてきていると報告されています。そのため、ファイザー社からは、半年後の3回目の追加接種の推奨や、インド株に対応したRNAワクチンの開発などが対策として打ち出されています。最近では、中南米でラムダ型という、さらに厄介な変異株の報道も出ています。残念ながら、まだまだ変異株との闘いは続きそうです。

 ◇国産ワクチンが必要な理由

 ただ、一方で、ファイザー社やモデルナ社のRNAワクチンがすぐに効かなくなるということはないと思います。その理由として、細胞性免疫というウイルス自体が増えている細胞をキラーT細胞により傷害し、除去する作用が、RNAワクチンにはあるからです。この作用は、我々が開発しているDNAワクチンやアデノウイルスベクターワクチンにもある一方、中国が開発した不活化ワクチンではありません。中和抗体による新型コロナウイルスの発症予防効果は、スパイクタンパク質の変異により弱くなりますが、細胞性免疫は変異株に対しても有効だと考えられています。中国の不活化ワクチンの接種が中心のインドネシアやペルーなどでの感染爆発は、こうしたワクチンの変異株に対する効果の違いによる可能性もあります。

 今後、我々が注意しないといけないのは、感染力が強いインド株などからワクチンの効果を弱くする、さらなる変異株の出現です。特に、日本株のようなものが出てしまいますと、ワクチン接種の効果を台無しにするだけでなく、貿易立国の日本が、外国より鎖国されてしまう可能性があります。そのようなことにならないように、一刻も早いワクチンの接種の推進と、万が一のための変異株に対応する国産ワクチンの開発製造体制の整備です。これから変異株がどのように推移するか分かりませんが、注視していく必要があります。

森下竜一 教授

森下竜一 教授


 森下 竜一 1987年大阪大学医学部卒業。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授を経て、2003年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄付講座教授(現職)。内閣官房 健康・医療戦略室戦略参与、日本抗加齢協会副理事長、2025年日本国際博覧会大阪パビリオン推進委員会総合プロデューサーなどを務める。著書に『機能性食品と逆メソッドヨガで免疫力UP!』、新著に『新型コロナワクチンを打つ前に読む本』など。自身で創業した製薬ベンチャーのアンジェス(大阪府茨木市)で、新型コロナウイルスの国産DNAワクチンを開発中。


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