「医」の最前線 正しく恐れる

非接種の人を守るワクチンパスポート
~宣言解除後、元の生活にどう戻るのか~ ―コロナを正しく恐れる 第4回―

 やっと緊急事態宣言も、9月末で終わり、不十分ではありますが、少し元の生活に戻ることができるようです。

 ◇感染者数減はワクチン接種の効果

 メディアやネットでは、なぜ、人流が減っていないのに、新規感染者数が減少したのかが、議論されています。私は人流の中身の問題ではないかと思っています。以前と違うのは、新型コロナウイルスに対するワクチン接種が大きく進んだことで、日本でもアメリカ以上の接種率になってきました。今回人流が減っていない部分は、ワクチン接種した人たちが街に出ていて、ワクチン未接種の人たちは行動変容して外出を控えた。その結果として、トータルの人流は変わらないのですが、コロナ感染の確率は大きく減少しています。

 菅義偉前首相が必死になってワクチン接種を進めた政策が、ここにきて効果を発揮したのではないかと思います。その意味では、いろいろ批判はありますが、菅前首相の政策能力は高かったのではないでしょうか。惜しむらくは、メディア対応ができる人しか選挙に勝てない、令和時代の総理像が確立されていたために、時代遅れになっていた点ではないかと思います(昭和時代であれば、名首相だったと思います)。

ワクチン総接種回数の推移(図)

ワクチン総接種回数の推移(図)

 実際ワクチン接種者と非接種者の感染の差は、政府統計でも明確に出ています。図は、政府からの発表ですが、明らかにワクチン接種の効果が見て取れます。この結果を見れば、ワクチン接種者が人流を増やしたとしても、感染者が減ることは矛盾していないと言えます。

 ◇懸念は3回目前のブレークスルー感染

 今後の課題は、ワクチンの抗体価の減少が、どの程度起きるかです。前回お話ししたように、今、世界で流行しているのは、デルタ株(インド株)です。デルタ株は、従来の新型コロナウイルスに比べ、約3倍の感染力といわれています。それに対抗する我々の抗体は、藤田医科大学の発表では、ファイザー社製のワクチンを接種した場合、1回目の接種から3カ月後の抗体の量は、2回目の接種から14日後と比べ、約4分の1にまで減少したとされています。

 また、年齢が高い人では、当然、もともとの抗体価が低いことや、喫煙者では、抗体価が低いことなども分かってきました。これから、3回目のブースターワクチンの接種が進んでいくと思われますが、最初にワクチンを接種した医療関係者や高齢者では、ブースターワクチン接種前にブレークスル―感染が広がることが懸念されます。その場合、重症化はワクチン非接種者に比べると少ないものの、クラスターが発生すると医療需給がひっ迫し、年末にかけて再度緊急事態宣言が出る可能性も否定できません。

 これからワクチン接種者の感染状況を見ながら、どのように経済を回すのかが、岸田新首相の腕の見せどころになりそうです。

ナイトクラブの入り口で、新型コロナウイルスのワクチン接種証明を確認するフランスの警備員たち(フランス南部モンペリエ近郊ラグランドモット)【AFP=時事】

ナイトクラブの入り口で、新型コロナウイルスのワクチン接種証明を確認するフランスの警備員たち(フランス南部モンペリエ近郊ラグランドモット)【AFP=時事】

 ◇非接種の人を守るために

 そのためには、いわゆるワクチンパスポートも導入する必要があると思います。一般的にはワクチンパスポートは、ワクチン接種者のみが得をする印象があり、差別の助長につながるという視点で否定的な人もいます。

 私はむしろ、ワクチン非接種の人を守るために重要だと考えています。ワクチン接種者同士であれば、仮にブレークスルー感染が起きていたとしても、少ないウイルス量では感染しても、発症しませんし、感染も起こりにくくなります。ワクチン非接種者が交じると、その人は発症し、重症になるかもしれません。どうしても、ワクチン接種者では行動が活発になりますので、その中にワクチン非接種者が交ざるのは危険です。

 一方、ワクチン非接種者の人が社会活動に加わるために、積極的にPCR・抗原検査を非接種者を中心に行い、陰性証明を行う。数量が限られ、社会構成員すべてに実施することのできないPCRを、ワクチン非接種者に集中的に実施して、元の社会活動に戻りやすくする。その意味で、ワクチンパスポートは、ワクチン非接種者のためにも重要だと思っています。

 コロナ禍で自粛が続き、高齢者の認知機能悪化やフレイルの増加が懸念されています。どのように、日ごろの健康をとり戻してもらうか。ここが政府や地方自治体の知恵の絞りどころだと思います。(了)

森下竜一 教授

森下竜一 教授


森下 竜一 1987年大阪大学医学部卒業。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授を経て、2003年から大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学寄付講座教授(現職)。内閣官房 健康・医療戦略室戦略参与、日本遺伝子細胞治療学会理事長、日本抗加齢医学会副理事長、2025年日本国際博覧会大阪パビリオン推進委員会総合プロデューサーなどを務める。著書に『機能性食品と逆メソッドヨガで免疫力UP!』、新著に『新型コロナワクチンを打つ前に読む本』など。自身で創業した製薬ベンチャーのアンジェス(大阪府茨木市)で、新型コロナウイルスの国産DNAワクチンを開発中。


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