「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

死因究明だけでなく、警察が得るものないと
~時間たてば遺体の情報捨てることに-司法解剖と向き合う・長崎大~ 【第3回】

 観音開きのドアの向こう側にLEDの明かりがともり、部屋の中央には、警察から運び込まれたばかりの遺体が解剖台の上に乗せられていた。関係者がそろうと、司法解剖は午前10時半すぎから始まった。

 長崎大学の法医解剖室は、医学部基礎研究棟の裏手にある講義実習棟地下1階に設けられている。部屋は思いのほか広く、2台の解剖台を常備。解剖室および廊下の照明は、太陽光と同じ明るさに調整され、傷口の状態や体表の変色などを法医が違和感なく視認できるよう工夫されている。

長崎大学の池松和哉医学部長【時事通信社】

 この日の対象は海岸で発見された身元不明の遺体だ。長崎県警からの解剖依頼は前日夕、法医学教室にメールで入った。死後数日とみられているが、既に遺体の一部には傷みが生じている。海水に漬かり、水生生物に蚕食されたのが原因で、腐敗が始まるのだという。

 司法解剖には、法医と法医学教室のスタッフのほか、県警の検視官や鑑識など警察関係者も立ち会い、人数は10人を超える。ぴんと張り詰めた空気の中、法医が遺体の外表の確認から始め、それが済むと解剖へと移っていく。関係者全員が協力しながら、てきぱきと動き、プロセスが進行していった。

 ◇年間200件前後、実施率10%超

 長崎大学医学部法医学教室は大正11(1922)年に開講された。現在の体制は、医学部長を務める池松和哉教授と助教の法医2人のほか、大学院生(医師)4人、法歯学の助教1人、技術職員、事務職員らで構成されている。2022年度までは、社会人の院生として自衛隊歯科医官が在籍。23年度は県警科学捜査研究所から1人を受け入れている。

 人口128万人(23年1月1日現在)の長崎県では、年間1500件余りの異状死体が発生し、このうち200件前後が長崎大で司法解剖されている。異状死体とは、医師によって病死と明確に判断された内因死による死体以外の死体を指す。

 法医学教室のまとめによると、司法解剖件数は12年に88件だったが、20年は206件、21年179件、22年169件と、この10年ほどで倍が当たり前になった。

法医解剖室に設置されている解剖台=長崎大学医学部【時事通信社】

 全国の件数は、警察庁が「都道府県別の死体取扱状況」にまとめている。記載された数字は同庁刑事局捜査1課に報告のあったもので、交通関係などの死者は含まれていない。このため、大学まとめの数とは必ずしも一致しないが、県別の比較には有用だ。

 それによると、22年に長崎では、死体取扱数が1567件、うち司法解剖は165件。母数の死体取扱数が2万5000件を超える警視庁や、1万件超の埼玉、千葉、神奈川、大阪は別格として、九州各県で比較すると、例えば大分は1408件に対して司法解剖104件、宮崎は1467件に対し54件、佐賀は1157件に対し44件となっている。

 それらの県で司法解剖の実施率が3~7%台にとどまるのに対し、長崎は10%を超えているのが特徴だ。

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