「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

新変異株BA.2.86
~少数の感染者が発生しただけで世界中が注目する理由~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第67回】

 欧米諸国では、新型コロナウイルスの新しい変異株であるBA.2.86が注目を集めています。世界保健機関(WHO)も8月中旬に、この変異株を急きょ、監視対象に加えました。それというのも、BA.2.86は現在流行中のXBB系統に比べて、スパイクタンパクが30カ所以上も変異しているのです。これだけ多くの変異が見られたのは、2021年11月にオミクロン株が出現して以来になります。現時点でBA.2.86が検出されたのは20人ほどですが、これから先、世界的に流行する可能性もあります。今回はBA.2.86の脅威について解説します。

新変異株BA.2.86に警戒感を示すWHO本部(スイス・ジュネーブ)=AFP時事

 ◇オミクロン株との共存生活

 オミクロン株は21年秋ごろ、アフリカ南部で発生しました。最初の患者は21年11月末に南アフリカで確認され、それから短期間のうちに世界的な流行を起こしました。この変異株は発見された当初から、大流行することが予想されていました。それというのも、それまで流行していたデルタ株に比べて、スパイクタンパクに30カ所以上の変異が見られたからです。この予想通り、感染力はかなり強く、22年1月には世界全体に拡大していきました。

 その一方で、オミクロン株の病原性は比較的弱く、ワクチン接種が広がってきた時期と重なったこともあり、重症者や死亡者はあまり増えませんでした。このような状況から、22年春以降、世界各国は新型コロナ対策を緩和し、日常生活に戻っていったのです。

 オミクロン株はその後も少しずつ変異を繰り返し、22年夏には、その系統であるBA.5が日本で大流行しました。また、最近ではXBBと呼ばれる系統が世界で流行していますが、感染力はあまり変わらず、免疫逃避を、より起こしやすいという程度にとどまっています。

 こうした理由で、現在でも新型コロナの流行は続いていますが、感染対策を緩和しても日常生活が送れる状況になっています。つまり、現在の私たちの新型コロナとの共存生活はオミクロン株の流行を前提にしたものなのです。

 ◇今年7月に初めて検出

 この前提がBA.2.86の出現で崩れる可能性が出てきました。この変異株は22年春に流行したオミクロン株BA.2の子孫であり、現時点ではオミクロン株の一つに分類されます。

 BA. 2.86は23年7月中旬すぎから、デンマーク、英国、米国などで検出されるようになりました。WHOの発表(※)では、8月末の時点で検出された国は欧州、アフリカ、北米の8カ国で、感染者数は20人ほどと、まだ少数です。感染者の症状も軽いようですが、この変異株は親株となるBA.2に比べて、スパイクタンパクに30カ所以上の変異が見られるのです。現在流行中のXBB系統と比べても、同様な数の変異が確認されています。

 こうした状況から、欧米の研究者の間では「BA.2.86の出現は21年秋のオミクロン株発生時に似ている」という意見が出ています。WHOも23年8月17日に、BA.2.86を監視対象の変異株に急きょ指定しました。つまり、BA.2.86は今後、世界流行する恐れがあり、そうなると、現在の新型コロナとの共存生活にも影響が生じる可能性があるのです。

 なお、日本国内でBA.2.86の感染者は見つかっていませんが、WHOは米国で確認された感染者の一人が、日本を含む西太平洋地域からの旅行者と報告(※)しています。
(※の詳細はhttps://www.who.int/publications/m/item/weekly-epidemiological-update-on-covid-19---1-september-2023を参照してください)

 ◇感染力など詳細はこれから

 現時点でBA.2.86に関する情報は限られていますが、スパイクタンパクの変異が30カ所を超えているとなると、免疫を回避する力は現在のXBB系統よりも強いと推定されます。これはワクチンの効果にも影響するでしょう。

 感染力は今後の流行を推測する上で重要なファクターになりますが、まだ詳細な情報がありません。今のところ急速には拡大していないので、現時点で感染力が強いわけではないようです。しかし、今までに世界流行したアルファ株、デルタ株といった変異株は、発生後数カ月してから世界的な拡大を起こしており、もう少し状況を見ていく必要があります。

 病原性に関しても詳細は不明ですが、今までに確認されたBA.2.86の感染者は重症化していません。仮に感染力が強かったとしても、病原性が低くなる可能性もあります。

 いずれにしても、この新しい変異株は大流行する可能性があるため、注意深く監視していく必要があるのです。

人出の増加などにより、コロナ感染者が増えている。写真は4年ぶりに通常開催された「郡上おどり」(8月、岐阜県郡上市)

 ◇現在の感染者増加はXBB系統が原因

 日本では7月ごろから新型コロナの夏の流行が拡大しており、欧米諸国でも感染者数の増加が見られていますが、これはBA.2.86によるものではありません。8月時点で日本や欧米諸国の流行株は、オミクロン株のXBB系統(EG.5やXBB1.16など)が大多数を占めています。

 XBB系統は免疫逃避をしやすいのに加えて、夏休みによる人流の増加、高温による冷房の利いた屋内生活の増加などが流行の原因になっていると考えられます。9月に入り、気温が低下すると収束していくとみられ、今がピークだと思います。

 今後、秋の間は新型コロナの流行が抑えられていくでしょうが、11月以降、冬の到来とともに流行が再燃すると予想されます。冬に流行しやすいのは、このコラムでも何回か説明しているように、呼吸器感染ウイルスの特徴です。そして、この冬の流行にBA.2.86が関与するかどうかが重要なポイントになります。

 ◇パイ株流行も想定

 もし、BA.2.86による冬の流行になると、それは大規模な被害を生じることになるでしょう。現在の新型コロナとの共存生活が、オミクロン株の流行を前提にしていることを考えると、その根本が崩れてしまう可能性もあります。

 BA.2.86は現時点でオミクロン株の一つですが、それが社会生活などに大きな影響を生ずるようになった場合、WHOは新たな変異株の名称を用いるかもしれません。新型コロナウイルスはギリシャ文字の順番に命名されており、オミクロン株の次はパイ株になります。

 スパイクタンパクの変異状況からすると、BA.2.86はオミクロン株とは別の変異株に変化していると考えることもできます。この変異株の感染力や病原性の変化がどれだけあるかが、名称を決める上でも重要な情報になるでしょう。今はこの新しい変異株の動向を監視するとともに、その特徴を明らかにしていくことが大切なのです。

 日本ではBA.2.86に関して、行政や報道があまり取り上げていませんが、今後は刻々と変化する情報を国民に提供するとともに、状況によってはパイ株の流行を想定した対策も検討していく必要があると思います。(了)

濱田特任教授


濱田 篤郎(はまだ・あつお)氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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