「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

新型コロナ以外の感染症が動きだした (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第62回】

 昨年5月の本コラムで、新型コロナウイルスの流行が他の感染症対策に影響を及ぼし、新たな感染症の流行を誘発させる可能性を取り上げました。あれから1年が経過し、国際交通が再開した今、世界各地でこうした流行が次々に報告されています。日本で現在発生している麻疹の流行も、その一つと言えるでしょう。今回はコロナ流行に伴って、それ以外の感染症の流行が誘発されている現状と対策について解説します。

デング熱に苦しむ患者(パキスタン)=EPA時事

デング熱に苦しむ患者(パキスタン)=EPA時事

  ◇小児定期接種に影響

 新型コロナの流行が発生してから、世界の医療関係者はこの感染症の制圧に多くの時間を費やしてきました。このため、小児の定期接種や蚊の撲滅など、日常的に行われていた感染症対策が停滞してしまったのです。

 特に麻疹ワクチン接種の遅れは深刻で、米疾病対策センター(CDC)は2023年5月に、世界で6千万人以上の小児への接種が滞っていると報告しています。この影響で、23年はアジア、アフリカなどを中心に麻疹の大規模な流行が発生しています。最近1カ月間を見ても、アジアではインドで6万人以上、インドネシアでは5千人の麻疹患者が確認されているのです。こうした世界的な麻疹の流行は日本にも波及し、海外からの輸入事例を起点とする二次感染も発生しました。

 麻疹は空気感染する病気であり、ワクチン接種が最も有効な感染対策になります。日本では30歳代~50歳代の人の麻疹免疫が低いため、特にこの世代が海外渡航する際には、麻疹ワクチンの追加接種を推奨しています。

 麻疹以外にも、23年春はジフテリアの流行がフィリピンで、百日ぜきの流行がカナダやマレーシアで発生しています。いずれも飛沫(ひまつ)などで拡大する感染症で、小児期の三種混合や四種混合ワクチンの接種で流行が抑えられてきましたが、コロナ流行以降の接種率低下により、流行が拡大しているようです。

 ◇蚊の撲滅対策も滞る

 デング熱マラリアなど、蚊が媒介する感染症も増加しており、これも日常的な蚊の撲滅対策が停滞しているためと考えられます。

 デング熱は22年に東南アジアで大流行し、シンガポールでは患者数が年間3万人と、過去最多に近い数になりました。23年は5月までにマレーシアやフィリピンで、例年の倍近い患者数が報告されています。さらに、中南米でもデング熱の患者が増加しており、22年は280万人と21年の2倍になりました。こうした流行拡大の原因として、コロナ流行で蚊の対策が滞っていることが挙げられます。

 日本ではコロナ流行後、水際対策で国際交通が止まっていたため、デング熱の輸入患者数は大変少なくなっていました。しかし、今年は流行地域に渡航する人や流行地域から入国する人が急増しており、国内で発病するケースがかなり増えると予想されます。これが国内流行につながる可能性もあり、日本国内でも蚊の撲滅対策に力を入れる必要があります。また、国内の医療機関では、海外渡航歴が無い人でも発熱や発疹などの症状があればデング熱を疑うことが必要です。

 ◇先進国でも流行拡大

 先進国でも感染症の再燃や新たな流行が発生しています。

 例えば、ポリオの流行が米国、カナダ、英国、イスラエルなどで22年に報告されました。米国やイスラエルでは患者が確認されていますが、カナダや英国では下水調査の結果から流行が明らかになっています。

 ポリオは経口感染するウイルス疾患で、小児期の定期接種により、多くの国で根絶されてきました。それが再燃している原因には定期接種の停滞もありますが、各国でコロナ対策のための下水調査が盛んに行われている点が考えられます。この調査は下水中のコロナウイルスを検出し、流行を予測する方法で、同様の方法によりポリオウイルスも検出できるため、その流行が明らかになったのです。つまり、以前から起きていた小規模な流行が、新しい調査で検知できるようになったと考えることもできます。

 一方、オーストラリアでは日本脳炎の流行が21年から22年にかけて初めて発生し、シドニーやメルボルンのある南部を中心に、40人以上の患者が確認されました。蚊に媒介される感染症であり、蚊の対策の停滞が流行発生に関係している可能性があります。同国ではワクチン接種を導入するなどして制圧に努めてきましたが、22~23年の夏のシーズンにも患者が少数ですが発生しており、オーストラリアに日本脳炎が風土病として定着したことは確かなようです。

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