「医」の最前線 新専門医制度について考える

日本専門医機構 寺本民生理事長と本音で話す
~「ゼネラリスト」、「総合診療専門医」、「へき地医療」~(前編) 第4回

 超高齢化を迎え、医療における「ゼネラリスト」のニーズが高まっている。新しい専門医「総合診療専門医」には何が求められているのか。「inochi WAKAZOプロジェクト*」のメンバー3人が日本専門医機構寺本民生理事長に聞いた。聞き手:岡谷一生(奈良県立医科大学5年)、國富太郎(順天堂大学医学部4年)、浅見咲菜(順天堂大学医学部1年)、構成:稲垣麻里子

寺本理事長

 ◇ニーズが高まる医療の「ゼネラリスト」

 岡谷:医療において「ゼネラリスト」という言葉は、日本ではあまりなじみがないように思います。どのような人を指すのでしょうか。

 寺本:「ゼネラリスト」という言葉は、これまで日本ではあまり使われていないと思いますが、英国では患者さんがファーストタッチするお医者さんとして「GP」(General Physician)というポジションが医療社会システムとして確立されています。私も開業医をやっていますが、複数の病気を持っている患者さんに対して、この病気は自分の専門じゃないから診ないのではなく、まずは相談に乗って適切な専門医につなぐ。その後も自分が中心になって、その患者さんを診ていく。いわゆる「家庭医」とか「かかりつけ医」の役割を果たしている医師が日本では「ゼネラリスト」に当たります。ただ、かかりつけ医が小児科や産婦人科まで診るのはなかなか難しい。そこも含め、ある程度の対応ができる医師が「ゼネラリスト」、すなわち「総合診療医」になるかと思います。

 高齢化が進む日本において複数疾患を持つ高齢患者に対応できる「ゼネラリスト」のニーズが高まるという私見を持っています。日本のかかりつけ医の多くは「ゼネラリスト」としての役割を果たしているとは思いますが、英国のGPとは少し違うのかもしれませんね。

 ◇ゼネラルな専門医の養成を目指す

 國富:日本では新専門医制度がスタートし、「ゼネラリスト」よりもスペシャリスト養成の方向にかじを切っている印象がありますが。

 寺本:本来は内科であれば、「循環器の中のインターベーションが専門」というのが世の中的に言われているスペシャリストだと思います。専門医機構がやろうとしていることは、その前段階で、まずは内科や外科、小児科という基本領域全般がわかるゼネラルな専門医をしっかり育てることを第一に考えています。

 みなさんが卒業後に直面する臨床研修は2年間でほぼ全ての科を回る、まさに「ゼネラリスト」になるための研修です。そして、臨床研修後に始まる研修が専門医機構で認定する専門研修です。内科で言えば、呼吸器、循環器、血液など内科全般の基本的な知識を持っているのが内科専門医です。内科や外科などの基本領域の専門医が各診療科の「ゼネラリスト」に当たると考えています。その先にあるサブスペシャルティが、本来の意味のスペシャリストに該当するのですが、現時点では、まだそこまで進んでいません。内科専門医の中の循環器専門医、呼吸器専門医と言ったサブスペシャルティを認定していくところまでが現時点の専門医機構の役割だと考えています。

 日本の医療は、例えば、内科医が循環器内科医となり、その次にインターベーションやカテーテルを中心に行うグループ、アブレーションを中心に行うグループへと、どんどん細分化していきました。それは医療者側の研究ニーズであり、実は患者さんは心臓の調子がおかしいと思ったときに相談できる相手が必要なわけですよね。それに対応するのが内科専門医や循環器専門医になるのかなと思います。

 ◇さまざまな場面で活躍が期待される総合診療専門医

 國富:患者さんが最初に相談する相手として、総合診療専門医を基本領域に加えたということでしょうか。

 寺本:もちろん、それもあります。総合診療医には三つぐらいのカテゴリーに分けられます。一つは、先ほどの英国におけるGPに相当するような「家庭医」ですね。あとは病院の中の総合診療科を担当する医師。いわゆるドクターGみたいな人です。最後はへき地で診療する医師。へき地では、例えば、お産であれば少なくともヘリで運ぶところまではやらざるを得ない。そのようにある程度、幅広いことができるようにベースをつくるのが総合診療医だと考えています。

 岡谷:総合診療専門医とかかりつけ医との、すみ分けはどのようになるのでしょうか。

 寺本:かかりつけ医が総合診療専門医と言うことではなく、資格を取った以上は地域医療の中心的役割を果たしてほしいと思っています。総合診療専門医は幅広い知識と優れた技術を持っている方々なので、地域でかかりつけ医をするときには、地域のかかりつけ医の中でリーダーシップを取ることを期待しています。そのためには高い能力を持った総合診療専門医になるということを目標にし、試験をパスした後も知識や能力を上げていくことが求められます。総合診療専門医に限らず、資格を更新して続けて自分の能力を担保することは大切だと思います。

 現在のようにパンデミック、災害医療に近くなってくると、本来はどの医師もその事態に対応できるようにならないといけないのですが、例えば、東京医科歯科大学では総合診療医が中心となってコロナ患者を診ています。呼吸器だけでなく、心臓疾患も起こる可能性があるからです。さまざまな疾患が併発する中で診療を行うという意味においては総合診療医でなければ厳しい局面があります。基本的に医療はそういうときに対応できるように動く必要がある。それを真っ先に感じとって動くのが総合診療医です。

 岡谷:寺本先生がイメージされている総合診療医というのは活躍の幅があまりにも広すぎて、かなり負担が大きいと思ったのですが、実のところはどうなのでしょうか。また、今、自分がポリクリで巡っていると総合診療医と言えど、診る科や病気が限られているという印象があります。

 寺本:今、言ったのはあくまでも緊急時のことで、平時ではそんなことはありません。大病院の中の総合診療科では発熱や痛みのような一つの診療科では判断できない、原因がよく分からない患者さんの診断を付けて専門につなぐという仕事をしています。ただ、ゼネラルな教育を受けていない先生の中には自分の専門を決めて、その中でしか診ないということが起きています。それが問題になり、ゼネラルな医師が求められるようになったわけです。診療科を超えて幅広くゼネラルな診療を行う、総合診療専門医の活躍に期待が高まっているのです。

学生らと稲垣(右上)

 ◇へき地医療について知りたいが情報がない

 國富:総合診療専門医がへき地ではどのような診療を行っているのか気になります。

 寺本:皆さんは、へき地医療がすごく大変だと思っていますが、大変なのはおそらく365日のうちのせいぜい1日か2日。普段は地域に溶け込んで、地域の人たちと和気あいあいと生活しているのが一般的なへき地医療だと思います。むしろ、そんなに大変なことばかりじゃなく貴重な経験ができて楽しいことも多いはずです。

 ◇総合診療専門医第1期生がロールモデルに

 國富:僕たち学生はへき地医療の正確な情報が得られにくく、厳しいイメージだけが先行して敬遠している部分があるのかなと思います。現地で働いている総合診療医の方のお話を聞いたりすることで、へき地医療に対する考え方が変わってくるんじゃないかなと思います。

 寺本:2021年9月26日に総合診療専門医の第1期生の認定試験が行われました。この試験に合格すれば、初の総合診療専門医が誕生します。実際に、その方たちが社会に出ることで、彼らの活躍の場や生活をリアルにお伝えすることができるようになります。これまで総合診療医というのは、どちらかというと病院に勤務されている方が大半でした。今回誕生する総合診療医は、正真正銘の専門医機構が育て上げた総合診療専門医です。彼らが後進のロールモデルになることで認知され理解が深まることを期待しています。近いうちに彼らの口から発信する機会がつくれると思いますので、少しお待ちください。

 浅見:私もへき地医療にすごく興味はあるのですが、へき地では出産や育児ができない、子供の教育の場がないんじゃないかと勝手に想像していて踏み切ることができません。

 寺本:恐らく、これからは育児や介護に対しての法的な取り組みがなされると思います。これには人的リソースが必要ですが、地方に行く人たちが増えれば、出産や育児の期間は仕事から離れ、戻りたい時に戻ることが可能にはなるのではないかなと思っています。私の周りでは、ずっと大学に勤務していた医師が50代になって子供の教育が一段落してからへき地に行き、若い医師をどんどん集めてその地域の中心的な役割をしている人もいます。

 浅見:へき地っていうと、若い頃に行くイメージがあったのですが、そういう選択肢もあるのですね。

 寺本:へき地医療は年に数回起きるか起きないかの緊急事態に備えておくことが重要で、その覚悟で勉強さえしておけば、それほど大変だとは思いません。自治医大の方たちは離島でも診療されていますが、素晴らしい医療を実践しています。彼らが離島で見つけた非常に珍しい病気について一緒に研究し、共著者として論文を書いたこともあります。臨床研究としては理想的なやり方だったと思っています。 (了)

*inochi WAKAZO プロジェクト
2015年に発足した、東⼤・京⼤・慶⼤・阪⼤の医学⽣を中⼼とした次世代イノベーター集団。現在は医療に関心のある全国の学生が参加し、産官学⺠若が⼀体となって、命を守る未来社会を実現するための活動を行っている。https://inochi-wakazo.org

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