こちら診察室 介護の「今」
嫁仲間がいる風景 第7回
南東北の山あいの集落。ケアマネジャーと一緒に利用者宅を訪れた。
70代の利用者の女性(マキエさん・登場人物はすべて仮名)は夫の健次さんと二人暮らし。小さな雑貨店を営んでいる。静かな暮らしを予想していたが、店から続く茶の間には、マキエさんと同年代の女性が4人ほど集まっていた。ケアマネジャーの訪問に合わせたわけではない。
「毎日ごうなんよ」
女性たちの集いは日常の風景らしい。
山菜たちが待ち焦がれた春の訪れを告げる
◇ハイヒールで山を越え
マキエさんを含めて5人の女性たちは嫁仲間だ。マキエさんは20代でこの地に嫁に来たという。
マキエさんは関西の出身だ。健次さんとは半世紀前に京都で知り合い、交際。親の反対を押し切って健次さんを追い掛け、ハイヒールで山を越えてやって来た。
「うんとおしゃれっこな人だった」
嫁仲間の一人がそう回想する。
南東北と関西。お国言葉はあまりにも違った。マキエさんは、夫と一緒に店の仕入れに集落から遠く離れた街に行った際、必ず手土産を買ってきた。
「いづも珍しい物ばっかり」
近所の嫁たちは、街の香りのする土産がうれしかったと言う。そして、言葉の垣根は埋まっていった。
◇強い仲間意識
集落の嫁たちの多くは距離の差はあれ、地域の外から嫁いで来る。しゅうとめからのいじめ、この地のしきたり、朝早くから夜遅くまでの家事や農作業…。
嫁同士には強い仲間意識が育っていった。
どの家も財布はしゅうとめが握っていた。なかなかしゃくしを渡してくれない。しゃくし渡しとは、しゅうとめが嫁に主婦権を譲って家政を任せることだ。
どれだけ働いても、嫁が小遣いをもらうのは容易ではない。どうしても小遣いが欲しいときには、何度も頭を下げ、しゅうとめに雑言を浴びせられながら、わずかばかりのお金をもらう。
その金を握りしめ、嫁たちは観音講で集い、愚痴を言い合い、息抜きをした。
◇大粒の涙
マキエさんが脳梗塞で倒れたのは3年前だった。車の運転がかなわなくなった夫の健次さんの代わりに、嫁仲間の一人が隣県の大学病院まで同行した。
その半年後、2度目の発作が起こった。少し大きな発作で、麓の街の病院への入院を余儀なくされた。
嫁仲間は代わる代わる見舞いに訪れた。心の許せる仲間に、マキエさんは「早くうちに帰りでえなあ」と大粒の涙を流した。
◇助け合い
退院後のマキエさんの暮らしを支えたのは嫁仲間だった。健次さんは血圧が高く、妻の世話が難しい。
「若え頃さ世話になったがら」
嫁仲間たちは掃除、洗濯、食事作り、衣類の着脱、服薬確認、通院介助など夫妻の日常生活を支えた。
◇民生委員の提案
嫁仲間の一人に民生委員がいる。民生委員は夫妻の家計の状態を知っていて、決して楽ではない家計のやり繰りの相談相手になっている。他の嫁仲間たちはその話になると、さっと席を立つ。まさに、親しき仲にも礼儀ありだ。
民生委員は夫妻の介護生活にも目を配る。
嫁仲間ではどうしてもカバーできない部分について、「ケアマネジャーに相談さ乗ってもらわねえが」と提案した。
健次さんとマキエさんは「近所の人さ世話になってっから、(介護保険の)サービスは要らねえ」と口をそろえた。
しかし、民生委員の説得もあり、「少しだげなら、しかだがねえがもしらねえな」と、夫妻は首を縦に振った。
◇ケアマネジャーが重視したこと
夫妻と民生委員とケアマネジャーが一緒になって考えたサービスは、デイケアでの機能訓練とデイサービスでの入浴だった。
夫妻は生活保護を受給している。介護保険のサービスは、要介護度ごとに決められている支給限度額まで使い放題なのだが、サービスは限定的に利用することになった。
ケアマネジャーが重視したのは、夫妻の人間関係の財産だ。やみくもにサービスを入れると、「おらだぢの出番はねえ」と、その財産が細ることがある。
ケアマネジャーは、夫妻が築き上げて来た人間関係の財産と二人の気持ちに最大限の敬意を払い、必要最小限のサービスから始めることにしたのだった。
◇冬が来て、春が来る
南東北の山あいの集落は冬、深い雪に覆われる。デイケアやデイサービスの送迎車が入れるように、手分けして雪かきをするのも嫁仲間たちだ。
ケアマネジャーは、夫妻や民生委員と連絡を密に取りながら、厳しい冬が過ぎ去るのを待った。そして、待望の春がやって来た。
雪が解けると、フキノトウ、ノビル、セリ、コゴミ、タラの芽、ワラビ、ゼンマイ、ミズナ、フキなどが次々に顔を出す。
マキエさんと健次さん夫妻の食卓には、嫁仲間たちが採ってきた山菜が毎日のように添えられた。(了)
佐賀由彦(さが・よしひこ)
1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。
(2023/07/04 05:00)
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