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認知症と回想法 第37回
9月は「認知症月間」だ。各自治体では、広報誌などにより、「認知症にやさしいまちづくり」をアピールしている。
回想法では、懐かしい道具などをきっかけにして、思い出話に花を咲かせる
2024年1月に施行された「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(認知症基本法)では、毎年9月21日を「認知症の日」、9月を「認知症月間」と定めている。
これは、1994年9月21日にスコットランドのエディンバラで、第10回国際アルツハイマー病協会国際会議が開催され、同会議の初日を「世界アルツハイマーデー」と宣言したことに由来している。
◇認知症の将来推計を下方修正
認知症高齢者の将来推計が大幅に下方修正された。
厚生労働省研究班(代表者・二宮利治九州大教授)が5月8日に示した調査結果によると、認知症高齢者は、2025年には471万人となり、団塊ジュニア世代が65歳以上になる40年には584万人になると推計している。
これは、22〜23年にかけて研究班が実施した全国から四つの自治体を抽出して行った認知症の有病率調査に基づくもので、前回調査(14年度厚生労働省研究事業)の25年(675〜730万人)、40年(802〜953万人)の将来推計に比べ大幅に下回る結果となった。
この結果について、研究班は「喫煙率の低下、高血圧や糖尿病、脂質異常などの生活習慣病管理の改善、健康意識の変化などにより認知機能低下の進行が抑制されたのではないか」と分析している。
◇認知症予備軍の増加
一方、今回の調査では、軽度認知機能障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)の将来推計が報告され、25年には564万人、40年には613万人になるとされた。
MCIは将来的に認知症に移行する恐れがある「認知症予備軍」と位置付けられている。
調査方法は異なるが、MCIの有病率は12年の調査に比べて上昇しており、認知症高齢者の有病率が減った原因の一つを「MCIから認知症へ進展した者の割合が低下した可能性が考えられる」と研究班は分析する。
◇認知症は絶望か
MCIとは、認知症と健康な状態の「中間のような状態」だ。厚労省は「医療機関でMCIと診断された人が認知症になるのは1年で1割程度。その他の人は、MCIのレベルにとどまるか、年相応の正常レベルに回復する」としている。
つまり、MCIと診断されたからといって必ずしも認知症になるわけではないのだが、認知症になったからといって絶望するのは早過ぎる。
たとえ認知症になっても、周囲のサポート、適切な医療やケア、そして本人の気持ち次第では、十分に「その人らしい暮らし」を営むことができるからだ。
◇怖さに震えたある女性
ある地方都市で暮らす82歳の女性は、MCIを経てアルツハイマー病と診断された。介護保険を申請し、要介護1の認定が下りた。
家族の要請を受けて訪問したケアマネジャーを前に、女性は言った。
「どうしてこんなに、頭がおかしくなったのかしらね。怖い、これからどうなっちゃうの」
これまで多くの認知症の利用者と関わってきたケアマネジャーだったが、この時もまた、答えるべき言葉を見つけ出すことはできなかった。
◇つらい病気
認知症を過度に怖がることは不要だが、周囲の人はそのつらさを理解しておく必要があるだろう。
認知症の人は、「幼児返り」でも、「本人は分からないから幸せ」というわけでもない。
認知症の人が一人でいる時の表情はとても厳しい。失われる記憶、消えゆく自己、自尊感情の喪失…。
気分の凹凸や周囲の人への怒り、攻撃的態度などは、落ち着きどころのない不安や困惑が引き金となることが多い。
認知症という病気を抱えた新しい自分に向き合うのは、どれほどつらい作業なのだろうか。記憶の連続性の分断による過去の自分の不確かさ、現在の自分の存在不安、未来を考えることの恐怖。過去・現在・未来がバラバラに瓦解(がかい)してしまうのが、認知症という病気なのかもしれない。
◇過去・現在・未来をつなげる
そんな認知症の人のための療法として、回想法がある。回想法には「現在と過去の橋渡しを促し、過去を生かしながら今の状況に向かう勇気を育む」「生の限りを目前にして、今までの生き方に根付きながらその人生を統合させていくことを促す」などの効果があるという(野村豊子著『回想法とライフレビュー』中央法規、1998)。
前述のケアマネジャーは「これからどうなっちゃうの」と不安を漏らした女性に、回想法を実施しているあるデイサービスを紹介することにした。
◇グループ回想法
デイサービスでは、新しいメンバーによるグループ回想法に参加することになった。
毎週1回、各回1時間、計8回、メンバーは固定で8人。各回のテーマは、出身地の話、子どもの頃の遊び、学校の思い出、家事・手伝いの体験談などだ。思い出のきっかけづくりになるような昔の道具・衣服・書物などを手に取ったりしながら、スタッフが媒介になり思い出話が交わされ、積み上げられていく。
◇水を得た魚のように
回想法がすべての認知症高齢者に合う療法とは限らない。進行するスタッフ側にも高いスキルが求められる。しかし、この女性は水を得た魚のように、生き生きと輝き始めたという。
女性にとって、同じ時代を生きてきた人との交流は魅力的だったようだ。回想法への参加を重ねながら、自分の過去ともう一度出会い、「今の自分もまんざら捨てたものではない」と思うようになっていった。そして、認知症である自分の未来を恐怖としてではなく、ごく自然に見つめることができるようになっていった。
高齢者、中でも認知症の人にとって、過去・現在・未来の連続性を取り戻すことは、ことさら意味があるようだ。
筆者は、前出の野村氏が監修した『ビデオ回想法』の制作に携わったことがある。同作品のサブタイトルは「思い出を今と未来に活かして」である。(了)
佐賀由彦(さが・よしひこ)
1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。
(2024/09/03 05:00)
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