歯と歯肉(歯ぐき)の病気 家庭の医学

コラム

インプラント(人工歯根)

■インプラント治療とは
 歯が失われた場所のあごの骨に人工物を埋め込み、これを支えにして冠や着脱式の入れ歯を入れる方法のことをいいます。入れ歯やブリッジと同じように、歯が欠損してしまった部分を補う治療方法(補綴〈ほてつ〉治療)の一つです。
 インプラントはからだの中へ入るため、生体となじみのよい材料が使われます。インプラントが異物反応を起こさずにあごの骨と結合していると、長期にわたってかみ合わせの力を支える可能性が高いことがわかってきており、近年はあごの骨と結合することが可能な材料としてチタンやチタンとハイドロキシアパタイトとの複合体などがおもに用いられています。また、できるだけ早く、確実に、長期に骨と結合させることを目的にインプラントの表面の構造(骨と接触する部分)、手術方法などについてさまざまな工夫がなされています。

[適応]
 インプラントは、どのような状態でも使えるというものではありません。インプラント治療をおこなうためには、第一にインプラントを埋め込もうとする部分に、ある程度の量のあごの骨が残っている必要があります。これは、埋め込まれたインプラントがかみ合わせの力を十分支えられるだけの骨が必要である、ということです。残っている骨の量が少ない場合、インプラントを埋め込むことはできません。しかし、最近は自分のからだの他の部分から骨を採取してこれを移植したり、骨の量をふやす人工材料や成長因子といわれるたんぱく質を併用したり、ゆっくりと骨を延ばして骨の量をふやす方法(仮骨延長法〈かこつえんちょうほう〉)を用いたりして、骨をふやすことも可能になっています。その結果、従来は骨の量が少ないためにインプラントが使えなかった場合でも、インプラントを埋め込むことができるようになってきました。ただし、骨をふやすこれらの方法も必要な条件を満たしていなければ使えません。
 ほかにも長期の喫煙、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)糖尿病などの全身的な疾患などは、その状態によってはインプラント治療がうまくいかない可能性が高いと考えられ、インプラント治療が不適応となる場合もあります。

[治療]
 まず、歯肉(しにく)を切開してあごの骨を露出させ、専用の器具を使ってインプラントを埋め込むための孔(あな)を骨にあけます。ここへインプラントを埋め込み、いったん歯肉を縫いあわせます。だいたい3~6カ月後、インプラントが周囲のあごの骨と結合したことを確認してからインプラントの上に土台を取り付けます。この時点ではじめて土台が歯肉を貫通します。
 その後、歯肉の状態が安定したら型をとり、金属やセラミックスなどで人工の歯をつくったり、インプラントで支える義歯(着脱式の入れ歯)をつくったりします。
 この方法は手術が2回になるので二回法といわれ、埋め込んだインプラントが周囲の骨と結合する可能性がきわめて高い方法として現在も採用されています。ただし、最近はインプラントの材料やその表面の構造などの研究が進み、手術を1回ですませる方法やインプラントを埋め込んでから、かなり早い時期に人工の歯を取り付ける方法なども開発されてきています。
 一般にインプラントは義歯にくらべて、強い力でかめるといわれています。また、原則としてブリッジのように両隣の歯を削らなくてすみます。審美的に義歯より優れている場合もあります。しかし、義歯やブリッジとは違って手術を伴います。また、治療に要する期間は一般に長めで、費用も高価になります。
 インプラントを長持ちさせるためには、自分の歯と同じようにブラッシングなどによるプラークコントロールが必要です。自分の歯では、歯根は直接あごの骨と結合しているわけではなく、「歯根膜」というクッションのようなものを介してあごの骨とつながっていますが、インプラントでは直接にあごの骨と結合するため、周囲に付いたプラーク(歯垢〈しこう〉)に対して抵抗力が弱く、炎症を起こしやすいともいわれています。

(執筆・監修:東京大学 名誉教授/JR東京総合病院 名誉院長 髙戸 毅)
コラム

口腔清掃(ブラッシングの方法)

 歯の二大疾患といわれるう蝕(しょく)歯周病は、歯の表面に付着する細菌のかたまりであるプラーク(歯垢〈しこう〉)によってひき起こされます。口腔(こうくう)の健康を維持、増進するために、う蝕と歯周病の原因となるプラークの形成を抑制、除去することが重要です。このことをプラークコントロールといいます。

■物理的プラークコントロール
 歯ブラシ、デンタルフロス、歯間ブラシなどの清掃用具を使い、プラークを除去します。

□歯ブラシ
 ブラッシング法には、毛先をおもに使う方法と毛束の脇腹をおもに使う方法があります。
 毛先を使う方法はプラークを除去する効果が高く、脇腹を使う方法は歯肉(しにく)のマッサージ効果が高いとされています。毛先を使う方法のなかでもスクラッビング法は、操作が簡単で覚えやすく清掃効果が高いため、一般的に推奨されています。
 スクラッビング法は、歯の外側では歯ブラシを歯に対して直角に、内側では角度を斜めにして、毛先が歯肉の縁に軽く接するように当てます。1~2本ずつの歯について、奥から前へ、または前から奥に、前後に20回くらい振動させてみがきます(イメージとしては同じ場所に毛先を当てたまま)。大きく振動させると歯の根元に磨耗(まもう:すり減ってしまうこと)が生じることがありますので、力の入れすぎには注意が必要です。

 そのほかに歯周ポケットの深い部位をみがく方法にバス法があります。バス法は、歯ブラシを歯に対して45°の角度に当て、毛先を歯周ポケット内に軽く挿入し、前後に数ミリ振動させます。

 歯ブラシの毛束の脇腹を使う方法では、ローリング法があります。毛先を歯根の方向に向け、脇腹を歯肉に当てて、歯ブラシを歯冠(しかん)方向に回転させます。ローリング法は、歯肉のマッサージを目的としており、歯の根元のプラークが除去しにくいため一般的な方法とはいえません。

□歯ブラシの選択
 毛の種類は、乾燥しやすく清潔に保てるなどの理由からナイロン製のものが主流です。
 形態は、ヘッドは上の前歯2本分、毛束が3列植毛で、毛のかたさはふつう、刷掃(さっそう)面がまっすぐで、もつ部分はにぎりやすく動かしやすいものがプラークコントロールを効率よくおこなえます。1~2列植毛のものは歯肉辺縁や矯正(きょうせい)装置などの清掃に用いられます。
 歯肉に炎症がありはれて痛みがある場合や口腔(こうくう)粘膜が傷つきやすい高齢者には、やわらかめのものが適しています。保護者が子どもの歯をみがく仕上げみがきには柄(え)が少し長めのもの、歯ブラシをしっかりにぎることのできない人には柄が太いものや変形できるものが適しています。

□電動・音波・超音波歯ブラシ
 電動歯ブラシは、ブラシの回転運動で機械的にプラークを除去します。音波歯ブラシは、音波の振動(振動数は200~300ヘルツ)によって、毛先が接していない周囲2mmの部分までの汚れを落とすことができます。また、音波が口の中の細菌に直接作用して、頑固な細菌の結合(連鎖)を破壊します。
 しかし、プラークの一成分である不溶性グルカンが残ります。超音波歯ブラシ(振動数は160万ヘルツ~)は、歯と細菌の結合を弱め、頑固な細菌の連鎖を破壊するだけでなく、不溶性グルカンも破壊することができます。メーカーによって歯ブラシに特性があり、指示どおりに使用しなければ効果が得にくい場合もあるので、説明書をよく読み歯ブラシを使用する必要があります。一般的に手みがき用歯ブラシより音波・超音波歯ブラシのほうが歯と歯の間の汚れを落とす効果が高いといわれていますが、デンタルフロスや歯間ブラシなど清掃補助用具の使用が必要です。

□歯と歯の間の清掃
 歯ブラシだけでは十分に清掃することができない歯と歯の間は、デンタルフロス、歯間ブラシなどの清掃補助用具を使用します。
1.デンタルフロス
 細いナイロン製の糸をよったもので、ワックス付きとワックスなしのものがあります。ワックス付きはすべりやすいため、使い始めのころや、フロスが切れやすい箇所に適しています。ワックスなしはしっかり歯垢をかき出すのに適しており、歯と歯の間が緊密な箇所に使います。


2.歯間ブラシ
 ブラシ部分はナイロン製で、それを保持する部分はプラスチック、針金などでできています。ソフトラバー製のものもあります。
 ブラシのかたちは円錐(えんすい)状または円柱状で、種々の大きさがあります。歯間部、いちばん奥の歯のうしろ側、ブリッジの下などの清掃に使用します。


■化学的プラークコントロール
 薬剤によりプラークの形成を抑制する、またはプラークの病原性を減弱させる方法です。フッ化物やクロルヘキシジン、デキストラナーゼなどの薬剤が歯磨(しま)剤(歯みがき剤)、洗口剤の成分として実用化されています。しかし、すでに形成されたプラークの分解除去はできないので、あくまで物理的な方法の補助手段とされます。

□歯磨剤
 歯磨剤の基本成分は、研磨剤、湿潤剤、結合剤、発泡剤、香味剤です。このほかに薬効成分(う蝕〈しょく〉歯肉炎、歯周病などを予防する成分)が加えられたものを医薬部外品歯磨剤といい、容器や外箱に表示があります。基本的に子どもならフッ素入り、思春期の年齢ならフッ素に加えて歯肉炎予防、成人の場合もフッ素に加えて歯周病予防、口臭予防、知覚過敏予防などの薬効成分が配合されたものを選ぶとよいでしょう。

□口腔ウエットシート
 うがいのできない方やむせやすい方、また災害時などで洗面台が使用できないときには、指に巻き付けて拭き取ることでお口の中を清潔にするウエットシートもお勧めです。

(執筆・監修:東京大学 名誉教授/JR東京総合病院 名誉院長 髙戸 毅)