英・University College LondonのNaaheed Mukadam氏らは、匿名の大規模電子医療記録Clinical Practice Research Datalink(CPDR)を用いて、修正可能な危険因子が認知症発症に及ぼす影響を民族ごとに検証。「南アジア人では高血圧肥満糖尿病、HLD低値、睡眠障害、黒人では高血圧による認知症リスク上昇の影響が白人に比べ大きいことが明らかになった」とPLoS One(2023 ; 18: e0289893)に報告した。

英国人口の18%が南アジア人、6.9%が黒人

 人口の高齢化に伴い全世界の認知症患者は2050年までに1億5,000万例を超えると予測されている。しかし、西ヨーロッパや米国では年齢特異的な認知症罹患率や有病率には低下が見られ、一方、低・中所得国では上昇が続いているとの報告もあり、民族差と危険因子の影響との関係に関心が集まっている。

 英国の人口のうち民族マイノリティーは約18%を占め、中でも6.9%と大きいのが南アジア(バングラデシュ、インド、パキスタン、スリランカ)系、2番目に大きいのが黒人(アフリカ人、アフリカ系カリブ人)だ。

 Mukadam氏らはCPDRのデータを用い、認知症のさまざまな危険因子が認知症発症に及ぼす影響について、白人、南アジア人、黒人で比較した。

高血圧肥満糖尿病、HDL低値、睡眠障害の影響強い

 1997~2018年のCPDRデータから、登録時に65歳未満、認知症、民族不明だった患者を除き、さらに少数民族の患者を除外した結果、白人83万541例、南アジア人1万3,082例、黒人9,166例が解析対象として残った。

 追跡期間は約840万人・年に及び、期間中14万9,228例〔白人13万3,094例(16.0%)、南アジア人1,107例(12.1%)、黒人1,347例(9.7%)〕が認知症を発症した。

 Cox回帰分析により、各危険因子(高血圧肥満、難聴、喫煙、アルコール過剰摂取、糖尿病、脂質異常症、HDL低値、LDL高値、うつ病、睡眠障害、脳外傷)による認知症発症のハザード比(HR)を主解析〔年齢、性、重複剝奪指標 (IMD)、民族で調整〕として求めたところ、高血圧以外はHRが1を超えたが、高血圧のHRは0.68(95%CI 0.66~0.69)と予想外の結果となった。

 次に危険因子と民族との交互作用効果を白人との比較で求めたところ、交互作用項は南アジア人の場合、高血圧(HR 1.57、P<0.0001)、肥満(同1.19、P=0.04)、糖尿病(同1.22、P=0.001)、HDL低値(同1.21、P=0.049)、睡眠障害(同1.18、P=0.002)で、黒人では高血圧(同1.18、P=0.029)で有意に高くなった。

高血圧のHRが低く出たのは競合リスクの可能性

 高血圧認知症発症リスク低下との関連が示唆された主解析の結果は過去の報告と矛盾し、理論的にも考えにくいことからMukadam氏らは、死亡を競合リスクに含めた競合リスク解析(主解析)を実施。その結果、高血圧のHRは1.07(95%CI 1.05~1.08)となり、残りの全ての危険因子についてもHRは1を超えた値が維持された。

 競合リスク解析における白人との交互作用項は、南アジア人では難聴(HR 1.28、P=0.02)、糖尿病(同1.51、P<0.0001)、HDL低値(同1.32、P=0.03)が統計学的に有意となったが、黒人では交互作用項が有意となる危険因子はなかった。

 考察でMukadam氏らは「認知症危険因子が発症に及ぼす影響を一般住民を代表する大規模サンプルを用いて、黒人、南アジア人、白人で比較検証した報告はわれわれの知る限りこれが初めてだ」と指摘。

 その上で「修正可能な危険因子のうち、南アジア人にとっては高血圧肥満、HLD低値、睡眠障害が、黒人にとっては高血圧が、白人よりも大きな認知症リスクになることが示された」と結び、「今後は民族マイノリティーにターゲットを絞った認知症予防の取り組みも必要であろう」と付言している。

木本 治