東京電力福島第一原子力発電所は、2011年3月の東日本大震災の際の事故後に生じた高濃度放射性物質を含む汚染水から放射性物質を段階的に除去した処理水について、今年(2023年)8月に海洋放出を開始した。周辺住民への影響については、放射線被曝量は0.00002~0.000002mSv/年と極めて低い推定値が示されているものの、住民や漁業関係者の不安は強く賛否は分かれている。長崎大学原爆後障害医療研究所教授の高村昇氏らは、同発電所周辺の自治体に住民票を置く約1万世帯を対象に、処理水の海洋放出の是非や処理水への不安、抑うつ傾向に関連する因子などの探索を目的に調査を実施。結果をBMC Public Health(2023; 23: 2436)に発表した。
海洋放出に対する意見、リスク認知、属性を調査
原発から発生する汚染水問題の解決は廃炉と復興に不可欠だが、現在行われている海洋放出による処理は長期にわたる性質から、風評被害をはじめ精神的、社会経済的な影響が大きい。そのため、より包括的な意思決定プロセスを促進するには、地域の利害関係者、特に地元を離れて暮らす避難者を含めた住民に参加してもらい、理解を促すとともに不安や懸念に対応する必要がある。
今回の調査対象は2022年11月時点で大熊町または富岡町に住民登録があり、郵便物の受け取りが可能な20歳以上の住民および避難者約1万世帯。同年11~12月に調査票を送付した。
質問項目は、福島県の県民健康調査および両自治体で過去に実施された調査に基づいて作成。参加者の属性(性、年齢、現在の居住地、職業、18歳未満の子供との同居の有無)、帰還の意向、放射線関連リスクの認知(健康への影響、遺伝的影響、食品への不安)、処理水放出に対する意見(賛成、反対、分からない)などを尋ねた。
リスク認知にはリンデルの4段階リッカート尺度を用い、QOLは日本版包括的QOL評価尺度SF-8(身体的健康状態、身体機能、健康障害による社会参加の制限、痛み、意欲、社会的役割、メンタルヘルス状態、感情的健康障害による社会参加の制限)を用いて評価した。
放射線の遺伝的影響を45%が懸念、地元産食品は48%が忌避
1,268人から有効回答を得た。主な背景は男性が50.3%、女性が49.5%。60歳以上が71.5%、福島県在住が74.8%、無職が65.6%、子供との同居が14.5%だった。また76.2%が日常的に医療機関を受診しており、57.4%が身体的、54.3%が精神的になんらかの健康問題を抱えていた。また帰還については意向なしが60.5%、リスク認知については健康影響不安が38.7%、遺伝的影響不安が45.3%、地元産食品摂取忌避が48.0%であった。
処理水の海洋放出については、賛成が40.0%、反対が29.7%、分からないが31.4%だった。賛成群は男性(P<0.001)、子供と非同居(P=0.035)、福島県在住(P=0.003)、無職(P<0.001)が多かった。また帰還の意向がない者が多く(P=0.0024)、放射線関連リスクの認知はいずれも低かった(3項目全てP<0.001)。
多項回帰分析の結果、海洋放出反対に関連する因子として女性〔オッズ比(OR)1.693、 95%CI 1.253~2.289〕、無職(同1.507、1.089~2.085)、遺伝的影響への懸念(同7.277、 5.333~9.928)、メンタルヘルス不良(同1.751、1.291~2.373)が抽出された(無職のみP=0.013、その他はP<0.001)。
分からないの関連因子は、女性(OR 2.324、95%CI 1.757~3.074)、遺伝的影響を懸念(同1.919、1.433~2.570)、メンタルヘルス不良(同1.704、1.287~2.256)だった(全てP<0.001)。
以上の結果について、高村氏らは「処理水の海洋放出に反対する、または判断できないことと放射線関連リスク認知およびメンタルヘルス不良との関連が示唆された」と結論。「処理水放出は長期間にわたる。今後は、透明性の高い科学的知見と復興の人間的な側面を組み合わせ、国内外の専門家と利害関係者による対話を重視したナラティブアプローチを取り入れた意思決定が必要だ」と提案している。
(服部美咲)