北海道大学大学院歯学研究院のLi Yu氏、間石奈湖氏、藤田医科大学教授の樋田泰浩氏らの研究グループは2022年、齲蝕の原因菌であるStreptococcus mutansが血管内皮細胞の炎症を誘発し、がんの転移を促進すると報告したが(Cancer Sci 2022; 113: 3980-3994)、S. mutansが血栓形成やがんの転移に及ぼす影響は不明だった。そこでYu氏らは、がん血行性転移マウスを用いてS. mutansが血栓形成やがんの転移に及ぼす影響について検討。S. mutansが血栓形成を促進し、がん細胞の血管への接着の増加が示されたとCancer Sci(2023年12月14日オンライン版)に発表した。「がん患者の口腔衛生状態を良好に保つことは、がん関連血栓症やがん転移抑制に重要であることが示唆された」と述べている。
齲蝕の原因菌、S. mutansの働きについて検討
Yu氏らはまず、in vitro実験により、S. mutansの刺激が血栓関連遺伝子の発現レベル、血管内皮細胞の炎症性変化、血小板活性化や凝集、好中球の遊走に及ぼす影響を検討。また、血小板やがん細胞における血管内皮細胞への接着性の変化についても検討した。次に、S. mutansをマウスの尾に静脈投与し、肺における血管炎症、血栓症、好中球の遊走を観察。さらに、がん血行性転移モデルマウスを用いてS. mutansの血中循環による肺転移への影響を解析した。
S. mutansががん細胞の血管内皮への接着を亢進
解析の結果、S. mutansの刺激により、Mapk3、Shc1、Psap、Lgals3bpといった血管内皮細胞における血小板の活性化、凝集、共凝集に関わる遺伝子の発現亢進が観察され、血管内皮への好中球遊走も促進させることが示された。また、S. mutansによる血小板活性化によりがん細胞の血管内皮への接着が増加した。
in vivoではアスピリンが肺血栓症、肺転移を抑制
さらにがん血行性転移モデルマウスを用いた検討では、S. mutansを注射した肺組織において肺転移腫瘍細胞の数が多いことが明らかになった。このことは、S. mutansに起因する血栓形成が誘発され、腫瘍の転移を促進することを示唆している。S. mutansが血小板凝集を亢進させることで腫瘍転移を促すかどうかを調べるため、炎症を来す前のマウスに抗血小板薬であるアスピリンを投与。その結果CD41陽性血小板凝集が有意に減少した(P<0.01)。
以上の結果から、Yu氏らは「血中循環口腔内細菌は血栓形成とがん転移の危険因子であることが示唆された」とし、「がん患者の口腔衛生管理は誤嚥性肺炎だけでなく、がん関連血栓症の発症やがん転移の抑制にもつながり、がん患者の生存率向上に貢献することが期待される」と付言している。
(栗原裕美)