周産期には、血流停滞や血液凝固能亢進などの影響により静脈血栓塞栓症(VTE)のリスクが上昇し、重症例では死亡する場合もある。VTEの予防・治療には抗凝固薬を用いるが、授乳中の使用では母乳を介した児の薬剤曝露が懸念される。抗凝固薬のうち、ワルファリンとヘパリンは母乳移行性が低く安全性が確立されている半面、頻回の採血、用量調整、注射による投与など患者の負担が大きい。一方、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)は経口薬で用量調節や採血が不要だが、授乳を介した乳児への影響は明らかでない(リバーロキサバンは妊婦禁忌)。京都大学病院循環器内科の山下侑吾氏らの研究グループは、母乳哺育中にリバーロキサバンを使用した母児の血中および母乳中薬物濃度を測定し、薬物動態モデル解析に基づき検証。その結果、母親のリバーロキサバン使用による乳児への薬剤曝露は限定的で、出血などの副作用も認められなかったことから、授乳中でも安全に投与できるとThromb Res(2024: 237; 141-144)に報告した(関連記事「超高齢や腎機能障害も恐れず抗凝固療法を!」)。
妊娠時にはVTEリスクが5倍に
VTE発症リスクは、非妊娠時と比べ妊娠時は約5倍に上昇し、特に帝王切開後は肺血栓塞栓症(PTE)リスクが高まることが知られている(日本産婦人科・新生児血液学会誌 2005; 14: 1-24)。PTEは日本における妊産婦死亡の原因の7%を占めるとの報告もあり(日本産科婦人科学学会雑誌 2015; 67: 2038-2041)、妊娠・出産の高齢化も相まって周産期のVTE予防・管理が喫緊の課題となっている。現在のVTE治療の主流は抗凝固療法であり、DOACが日常的に用いられるようになったが、授乳期の使用に関する安全性のデータは限られている。
そこで山下氏らは、DOACの母乳移行性と乳児曝露量について薬物動態モデル解析に基づき検証した。対象は、母乳哺育中にリバーロキサバンを使用した母児2組(1組は双胎児)で、リバーロキサバン投与直前と投与2時間後に母親の血液検体および母乳検体を採取し、授乳2時間後(リバーロキサバン投与4時間後)に児の血液検体を採取。血中および母乳中のリバーロキサバン濃度を測定し、薬物動態モデルを用いて解析した。授乳は投与2時間後に行った。
児の血中からリバーロキサバンは検出されず
検討の結果、母体の血中および母乳中薬物濃度はリバーロキサバン投与直前がそれぞれ6.7~16.2ng/mL、1.9~4.7ng/mL、投与2時間後がそれぞれ151.0~167.4ng/mL、39.0~59.5ng/mLだった。
児の血中にはリバーロキサバンは検出されず、測定後3カ月の追跡期間中に出血をはじめとする副作用は認められなかった。
母乳移行の指標となるリバーロキサバンの母乳中/母体血漿中濃度比は0.27~0.32と推定され、児への薬物移行の指標となる相対的乳児投与量(10%以下であれば比較的安全性が高い)は0.82~1.27%と低かった。さらに、母乳中濃度から算出した乳児薬物摂取量は0.0018~0.0031mg/kg/日で、小児患者を対象としたリバーロキサバンの臨床試験における投与量0.5~1.05mg/kg/日の1%未満と極めて少なかった。また母乳中濃度が高値の状態で1日8回授乳(授乳量150mL/kg/日)する高曝露条件でシミュレーションした結果、5日間の連続授乳を行った場合でも乳児の血中リバーロキサバン濃度は定量限界値(2.5ng/mL) 以下で維持された。
以上の結果を踏まえ、山下氏らは「母乳哺育中のリバーロキサバン使用による乳児への薬剤曝露は限定的であり、授乳婦においても安全な治療選択肢の1つになりうる」と結論。「今後は、多施設での大規模研究を検討している」と付言した。
(服部美咲)