細胞老化研究のためのガイドラインを作成
学校法人 順天堂
~ 老化細胞を標的とした抗老化治療開発に期待 ~
順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学 南野 徹 教授らの研究グループは、欧州老化生物学研究所のマルコ・デマリア博士、ルートヴィヒ・ボルツマン外傷学研究所のヨハネス・グリラーリ博士、同研究所のミコライ・オグロドニク博士らをはじめとする細胞老化研究の世界的トップリーダーらとともに、細胞老化研究を広く一般の研究者が適切に行うことができるようにガイドラインを作成しました。これまで加齢により組織に老化細胞(*1)が蓄積し、慢性炎症(*2)が誘発されることでさまざまな加齢関連疾患の発症や進展につながることが明らかになってきましたが、生体において老化細胞を適切に同定し評価する方法が統一されていませんでした。このガイドラインは、組織内の自然な環境で老化細胞を研究するために必要なマーカーと技術について、統一されたツールセットを提供するものです。本ガイドラインに基づき多くの研究者が適切に細胞老化研究を行うことで、老化細胞を標的とした抗老化治療開発の推進が期待されます。本論文はCell誌のオンライン版に2024年8月8日付で公開されました。
本研究成果のポイント
●組織における老化細胞の蓄積は病的な老化形質に関与することが明らかとなっているが、老化細胞を組織内で適切に同定し評価することは困難であった
●細胞老化研究の世界的トップリーダーらによって、生体内での細胞老化研究に関する情報についてのガイドラインが作成された
背景
加齢や肥満などの代謝ストレスによって、生活習慣病やアルツハイマー病などの加齢関連疾患が発症・進展することが知られていますが、その仕組みはよくわかっていません。研究グループでは、これまで30年以上にわたって加齢関連疾患の発症メカニズムについて研究を進め、加齢やストレスによって組織に老化細胞が蓄積し、それによって引き起こされる慢性炎症が、加齢関連疾患の発症・進展に関わっていることを明らかにしてきました。さらに最近、蓄積した老化細胞を除去(セノリシス(*3))することで、加齢関連疾患における病的な老化形質を改善しうることが示され、多くの研究者が細胞老化に関する研究を行うようになってきました。しかし、生体において老化細胞を適切に同定し評価する方法は複雑であるため、細胞老化研究のエキスパートによって合意された統一の解析方法の確立が必要になってきました。
内容
加齢に伴うストレスによって染色体損傷が発生すると細胞はがん化を防ぐため老化し、細胞分裂を停止します。このようにして組織に蓄積した老化細胞は、SASP因子(*4)という炎症分子を分泌することで免疫系を活性化し、自らを除去されるようにプログラムされています。しかし、何らかの原因でこの除去機構が働かないと、老化細胞の蓄積が長引き、組織の慢性炎症とそれに伴う加齢関連疾患の発症・進展につながります。この老化細胞は、もともと培養細胞モデルで同定され、その性質が研究されたものであるため、実際にマウスの個体やヒトの組織サンプルにおいて、老化細胞を適切に同定し評価することは容易ではありません。しかしながら、加齢関連疾患に対する老化細胞除去効果が発表されて以来、多くの研究者が細胞老化研究を行うようになったため、 「生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン」 が必要となってきました。そこで今回、細胞老化研究の世界的トップリーダーらが集って、統一された老化細胞の解析方法について議論し、ガイドラインの作成を行いました。
本ガイドラインでは、適正な細胞老化マーカーについて包括的に提案し、その評価方法や有用性について、さまざまな組織での多様性を含めて言及しています(図1)。
また、老化細胞を生体内で検証できるリポーターマウスモデルや、老化細胞の数や活性を制御できる遺伝子改変マウスの有用性やピットフォールについても述べています。また今後の新しい展開として、マウス以外の生物における細胞老化研究やオミックス解析、人工知能を用いた解析などの研究についても述べています。最後に、生体における老化細胞の病的意義を検証するための4つのステップ、すなわち、1. 初期評価 2. 老化表現系の検証 3. 老化軽減モデルの作製 4. 老化軽減効果の検証 について述べています(図2)。
今後の展開
本ガイドラインに基づいて、多くの研究者が統一された実験方法で、老化細胞研究を行うことが期待されます。このような研究が、細胞老化研究分野のさらなる発展をもたらし、老化細胞を標的とした新規の治療方法の開発につながることも期待されます。今後5年をめどにガイドラインの改定を行うことを予定しています。
用語解説
*1 老化細胞:さまざまなストレスによって染色体に傷が入ることで不可逆的に細胞分裂を停止した状態になった細胞。細胞老化は、がん発症抑制機構の一つ。
*2 慢性炎症:老化細胞によって分泌される炎症性サイトカインによって引き起こされる非感染性炎症。
*3 セノリシス:老化細胞を選択的に除去すること。
*4 SASP因子:細胞老化関連分泌形質因子。多くは炎症性サイトカイン。
原著論文
本研究はCell誌のオンライン版に(2024年8月8日付)公開されました。
タイトル: Guidelines for minimal information on cellular senescence experimentation in vivo
タイトル(日本語訳):生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン
著者: Mikolaj Ogrodnik1, Juan Carlos Acosta2, Peter D. Adams3, Fabrizio d'Adda di Fagagna4, Darren J. Baker5, Cleo Bishop6, Tamir Chandra4, Manuel Collado7, Jesus Gil8, Vassilis Gorgoulis9, Florian Gruber10, Eiji Hara11, Pidder Jansen-Dürr12, Diana Jurk9, Sundeep Khosla9, James L. Kirkland9, Valery Krizhanovsky13, Tohru Minamino14, Laura J. Niedernhofer15, João F. Passos5, Nadja A. R. Ring2, Heinz Redl2, Paul D. Robbins15, Francis Rodier16, Karin Scharffetter-Kochanek17, John Sedivy18, Ewa Sikora19, Kenneth Witwer20, Thomas von Zglinicki21, Maximina H. Yun22, Johannes Grillari2, Marco Demaria23
著者所属: 1Ludwig Boltzmann Institute for Traumatology, 2University of Edinburgh, 3Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute, 4The FIRC Institute of Molecular Oncology, 5Mayo Clinic, 6University of London, 7Centro Nacional de Biotecnologia, 8MRC Laboratory of Medical Sciences, 9National and Kapodistrian University of Athens, 10Medical University of Vienna, 11Osaka University, 12University of Innsbruck, 13The Weizmann Institute of Science, 14Juntendo University Graduate School of Medicine, 15University of Minnesota, 16Universite de Montreal, 17Ulm University Hospital, 18Brown University, 19Polish Academy of Sciences, 20The Johns Hopkins University School of Medicine, 21Newcastle University Biosciences Institute, 22Technische Universitat Dresden, 23University Medical Center Groningen
DOI: 10.1016/j.cell.2024.05.059
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
~ 老化細胞を標的とした抗老化治療開発に期待 ~
順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学 南野 徹 教授らの研究グループは、欧州老化生物学研究所のマルコ・デマリア博士、ルートヴィヒ・ボルツマン外傷学研究所のヨハネス・グリラーリ博士、同研究所のミコライ・オグロドニク博士らをはじめとする細胞老化研究の世界的トップリーダーらとともに、細胞老化研究を広く一般の研究者が適切に行うことができるようにガイドラインを作成しました。これまで加齢により組織に老化細胞(*1)が蓄積し、慢性炎症(*2)が誘発されることでさまざまな加齢関連疾患の発症や進展につながることが明らかになってきましたが、生体において老化細胞を適切に同定し評価する方法が統一されていませんでした。このガイドラインは、組織内の自然な環境で老化細胞を研究するために必要なマーカーと技術について、統一されたツールセットを提供するものです。本ガイドラインに基づき多くの研究者が適切に細胞老化研究を行うことで、老化細胞を標的とした抗老化治療開発の推進が期待されます。本論文はCell誌のオンライン版に2024年8月8日付で公開されました。
本研究成果のポイント
●組織における老化細胞の蓄積は病的な老化形質に関与することが明らかとなっているが、老化細胞を組織内で適切に同定し評価することは困難であった
●細胞老化研究の世界的トップリーダーらによって、生体内での細胞老化研究に関する情報についてのガイドラインが作成された
背景
加齢や肥満などの代謝ストレスによって、生活習慣病やアルツハイマー病などの加齢関連疾患が発症・進展することが知られていますが、その仕組みはよくわかっていません。研究グループでは、これまで30年以上にわたって加齢関連疾患の発症メカニズムについて研究を進め、加齢やストレスによって組織に老化細胞が蓄積し、それによって引き起こされる慢性炎症が、加齢関連疾患の発症・進展に関わっていることを明らかにしてきました。さらに最近、蓄積した老化細胞を除去(セノリシス(*3))することで、加齢関連疾患における病的な老化形質を改善しうることが示され、多くの研究者が細胞老化に関する研究を行うようになってきました。しかし、生体において老化細胞を適切に同定し評価する方法は複雑であるため、細胞老化研究のエキスパートによって合意された統一の解析方法の確立が必要になってきました。
内容
加齢に伴うストレスによって染色体損傷が発生すると細胞はがん化を防ぐため老化し、細胞分裂を停止します。このようにして組織に蓄積した老化細胞は、SASP因子(*4)という炎症分子を分泌することで免疫系を活性化し、自らを除去されるようにプログラムされています。しかし、何らかの原因でこの除去機構が働かないと、老化細胞の蓄積が長引き、組織の慢性炎症とそれに伴う加齢関連疾患の発症・進展につながります。この老化細胞は、もともと培養細胞モデルで同定され、その性質が研究されたものであるため、実際にマウスの個体やヒトの組織サンプルにおいて、老化細胞を適切に同定し評価することは容易ではありません。しかしながら、加齢関連疾患に対する老化細胞除去効果が発表されて以来、多くの研究者が細胞老化研究を行うようになったため、 「生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン」 が必要となってきました。そこで今回、細胞老化研究の世界的トップリーダーらが集って、統一された老化細胞の解析方法について議論し、ガイドラインの作成を行いました。
本ガイドラインでは、適正な細胞老化マーカーについて包括的に提案し、その評価方法や有用性について、さまざまな組織での多様性を含めて言及しています(図1)。
また、老化細胞を生体内で検証できるリポーターマウスモデルや、老化細胞の数や活性を制御できる遺伝子改変マウスの有用性やピットフォールについても述べています。また今後の新しい展開として、マウス以外の生物における細胞老化研究やオミックス解析、人工知能を用いた解析などの研究についても述べています。最後に、生体における老化細胞の病的意義を検証するための4つのステップ、すなわち、1. 初期評価 2. 老化表現系の検証 3. 老化軽減モデルの作製 4. 老化軽減効果の検証 について述べています(図2)。
今後の展開
本ガイドラインに基づいて、多くの研究者が統一された実験方法で、老化細胞研究を行うことが期待されます。このような研究が、細胞老化研究分野のさらなる発展をもたらし、老化細胞を標的とした新規の治療方法の開発につながることも期待されます。今後5年をめどにガイドラインの改定を行うことを予定しています。
用語解説
*1 老化細胞:さまざまなストレスによって染色体に傷が入ることで不可逆的に細胞分裂を停止した状態になった細胞。細胞老化は、がん発症抑制機構の一つ。
*2 慢性炎症:老化細胞によって分泌される炎症性サイトカインによって引き起こされる非感染性炎症。
*3 セノリシス:老化細胞を選択的に除去すること。
*4 SASP因子:細胞老化関連分泌形質因子。多くは炎症性サイトカイン。
原著論文
本研究はCell誌のオンライン版に(2024年8月8日付)公開されました。
タイトル: Guidelines for minimal information on cellular senescence experimentation in vivo
タイトル(日本語訳):生体内における細胞老化実験に関する最小限の情報のためのガイドライン
著者: Mikolaj Ogrodnik1, Juan Carlos Acosta2, Peter D. Adams3, Fabrizio d'Adda di Fagagna4, Darren J. Baker5, Cleo Bishop6, Tamir Chandra4, Manuel Collado7, Jesus Gil8, Vassilis Gorgoulis9, Florian Gruber10, Eiji Hara11, Pidder Jansen-Dürr12, Diana Jurk9, Sundeep Khosla9, James L. Kirkland9, Valery Krizhanovsky13, Tohru Minamino14, Laura J. Niedernhofer15, João F. Passos5, Nadja A. R. Ring2, Heinz Redl2, Paul D. Robbins15, Francis Rodier16, Karin Scharffetter-Kochanek17, John Sedivy18, Ewa Sikora19, Kenneth Witwer20, Thomas von Zglinicki21, Maximina H. Yun22, Johannes Grillari2, Marco Demaria23
著者所属: 1Ludwig Boltzmann Institute for Traumatology, 2University of Edinburgh, 3Sanford Burnham Prebys Medical Discovery Institute, 4The FIRC Institute of Molecular Oncology, 5Mayo Clinic, 6University of London, 7Centro Nacional de Biotecnologia, 8MRC Laboratory of Medical Sciences, 9National and Kapodistrian University of Athens, 10Medical University of Vienna, 11Osaka University, 12University of Innsbruck, 13The Weizmann Institute of Science, 14Juntendo University Graduate School of Medicine, 15University of Minnesota, 16Universite de Montreal, 17Ulm University Hospital, 18Brown University, 19Polish Academy of Sciences, 20The Johns Hopkins University School of Medicine, 21Newcastle University Biosciences Institute, 22Technische Universitat Dresden, 23University Medical Center Groningen
DOI: 10.1016/j.cell.2024.05.059
企業プレスリリース詳細へ
PR TIMESトップへ
(2024/08/28 14:07)
- データ提供
本コーナーの内容に関するお問い合わせ、または掲載についてのお問い合わせは株式会社 PR TIMES ()までご連絡ください。製品、サービスなどに関するお問い合わせは、それぞれの発表企業・団体にご連絡ください。