大災害時に欠かせぬ心のケア
住民に加え、医療・行政関係者にも
◇残る心の傷
大災害や大事故などは人々に「心の傷」を残し、トラウマになることもある。矢田部氏によると、熊本地震の後では次のような声が聴かれたという。
「玄関に立つのが怖い」
「被災した自宅に戻ると頭痛や吐き気が続く」
「トイレのドアが閉められない」
「電灯とテレビをつけたままでないと、眠ることができない」
「時間がたっても、地元に足を踏み入れることができない」
「熊本こころのケアセンター」による仮設住宅訪問支援
◇オーバーワーク
それは住民だけではなく、自身も被災しながら対応に追われオーバーワークになる行政職員らも同じだ。
30代の行政職員は月曜から金曜は災害対応の業務に追われ、土曜、日曜に通常業務をこなす日々が続いた。上司からは住民のために頑張るよう叱咤(しった)激励される一方で、住民の怒りは行政に向けられがちだ。この職員は不眠や息苦しさを感じるようになってしまった。
40代の職員は、災害対応の業務がうまくいかないことがあった。熊本地震の発生は16年4月。その後しばらくたっても不眠や食欲不振、集中力の低下などが続き、秋ごろに退職を考えるようになった。矢田部氏は「典型的なうつ病だった。一時休職し、精神科の治療を受けることにより症状が落ち着き、復職した」と言う。
こうした点を踏まえ、矢田部氏は「まずは、精神科病院への支援、次に被災者の心のケア、そして被災者を支援する人たちのメンタルケア」と指摘する。
◇多いアルコール依存
熊本地震の心のケアを中長期的に行う「こころのケアセンター」は、ストレスやトラウマを抱える被災者への訪問支援に当たっている。同センターで訪問対応した例では、うつ病が最も多く、アルコール依存症が続いた。新潟中越地震や東日本大震災の後も、アルコール依存症の相談が多かったという。
矢田部氏は「震災によってこの病気を発症した例は少なく、震災前から抱えていたのだろう。それが被災で顕在化した」と分析する。
◇回復力高めるコミュニティー
同様に被災で精神疾患が顕在化する例は多いという。自宅で精神疾患を抱えながら1人暮らしをしていても、地域のコミュニティーからの支援がある。時には当事者の風変わりな行動や言動に不満があっても、顔なじみという安心感や慣れから地域に適応できている。そういう人たちが仮設住宅に入ると状況が変わる。周囲で見知らぬ人たちが暮らす仮設住宅では、病状の悪化や対人トラブルに発展することもあるという。
心が不健康な状態を放置すればうつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)などにつながる。矢田部氏は「災害時には多様なストレスにさらされ、心が不健康になりがちだが、人には『自然回復力』が備わっている。それを高める取り組みが重要だ」とし、家庭や職場での役割とともに、「コミュニティーには回復力を高める力がある」と強調した。(鈴木豊)
- 1
- 2
(2020/03/22 09:00)