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大災害時に欠かせぬ心のケア
住民に加え、医療・行政関係者にも

 大災害や大事故などが発生した場合、身体的な治療とともにストレスなどで生じる精神的なダメージに対するケアが欠かせない。「熊本こころのケアセンター」の矢田部裕介センター長は、市民(住民)だけでなく、医療や行政関係者らの負担も大きいとし、「災害時のように、新型コロナウイルス感染症も同様なのではないか」と指摘する。

 ◇災害と共に発展してきた心のケア

 災害時に心のケアが最初に行われたのは1991年の雲仙・普賢岳噴火災害だった。その後、阪神淡路大震災では精神科救護所活動やこころのケアセンター設置などを通して「災害時には心のケアが必要」という社会的なコンセンサスが得られた。新潟中越地震では多職種アウトリーチ型の「こころのケアチーム」が避難所巡回を行った。

沖縄県DPAT先遣隊と熊本県DPAT統括者(中央)

 東日本大震災では、3000人以上がこころのケアチーム活動に携わった。矢田部氏によると、この中で幾つかの課題が浮かび上がったという。その一つが「超急性期」の支援だ。

 東日本大震災では、こころのケアチームが被災地に派遣されたのは早くて1週間後だったが、その間、被災して孤立した精神科病院で入院患者が死亡した例もあった。

 また、こころのケアチームは災害前から準備され、トレーニングを受けてきたチームではなかった。このため指揮命令系統がしっかりしておらず、有効な支援活動ができなかった例もあったとされる。

 ◇DPATの整備

 東日本大震災の課題を踏まえて、2013年に災害派遣精神医療チーム(DPAT)が整備された。災害発生から48時間以内に先遣隊が派遣され、被災した精神科医療機関の支援に当たり、患者の転院や搬送などを助ける。必要に応じて後続チームが派遣され、精神疾患を有する被災者やストレスを抱えた住民、行政職員らに対応する。

 DPATは4人前後の多職種で構成され、1チームの活動期間は1週間前後だ。14年の広島土砂災害で最初にDPATが投入され、御岳山噴火災害、関東・東北豪雨災害、熊本地震と派遣されてきた。最近では、新型コロナウイルス対応にも投入されている。

 ◇1人の保健師の苦闘

 DPATのみならず、今日ではさまざまな職種や団体が災害支援チームを派遣できるようになった。同時に、新たな問題も指摘されている。熊本地震の際、被災の大きかったある自治体に医療支援チームが殺到した。調整役の保健師には大変な負荷がかかったことだろう。

 「猛烈に忙しく、ただでさえ混乱している時にチームが次々に到着する」「受け入れを断ると、自治体を否定されるようなことを言われた」「完璧な対応を求められても無理なのだが、いらいらしていた支援チームのメンバーにあたられたりもした」「いろいろと問題点を指摘されても具体的な解決策は提示してくれなかったこともある」―この声からはつらい本音が伝わってくる。

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