特集

新しい選択肢、患者の希望に
~「第5のがん治療」開発者・小林久隆氏に聞く~


 -現在、薬事承認されているのはがん細胞を光で壊す治療法ですが、がんの増殖を助ける「制御性T細胞」を光で壊して、免疫を高める研究も進めています。

 制御性T細胞を壊すだけでも新たながんの治療法になり得ます。現在はがんを直接攻撃して細胞を壊しますが、二つを組み合わせると、より強い免疫が起こることが動物実験で分かっていますので、実現すれば完治の可能性が高まります。

 -別の新しい治療法になるのでしょうか。

 制御性T細胞を壊すだけで新たな免疫療法として自立できますが、もう一歩先に進んで二つを組み合わせたい。実際の治療としては、二つの抗体薬を合わせて投与して光を照射するだけで患者さんが受ける手技は変わりません。薬を一つ増やすだけで免疫が飛躍的に上がると考えています。

 -それだけ制御性T細胞の持つ役割が大きいのですね。

 この細胞は免疫反応を抑制しますが、免疫チェックポイント分子より、はるかに多くの機能を持っています。光を当てた部分だけ制御性T細胞を壊して免疫を活性化させれば、転移したがんを攻撃することも可能になると考えています。今後研究する上で、制御性T細胞が一番重要なターゲットになります。

 -課題はありますか。

 制御性T細胞はリンパ球の一種ですが、白血球の中にも、がん免疫を抑制する細胞があります。これらが患者の腫瘍の成長にどの程度の影響を与えているかはこれからの研究課題で、できれば一つの薬で両方壊せるような抗原があるか無いかも探っています。未知の部分がたくさんあるのが免疫学の深いところです。

光免疫療法のイメージ図。紫色のがん細胞と結び付いた抗体薬に近赤外光を当てて破壊する=米国立衛生研究所提供

光免疫療法のイメージ図。紫色のがん細胞と結び付いた抗体薬に近赤外光を当てて破壊する=米国立衛生研究所提供

 -世界各国で研究が進んでいますが、何合目まで到達しているのでしょうか。

 患者を治療する臨床としては、スタートラインから1、2歩を踏み出したばかりです。ただ、研究の基礎開発として考えれば、4~5合目まで来ていると思います。臨床まで持っていくのは長い道のりなのですが、基礎研究はかなり進んでいます。

 -光免疫療法の最終的なゴールはどこになりそうですか。

 先ほどのがん細胞と制御性T細胞を併せて壊すカクテル療法が、今見えている最も高いところです。行った先に何があるかは見えていないところがたくさんあって、10合目は雲の中です。登ってみたらもっと高い山ということもあると思います。

 -将来的には8~9割のがんを対象にしたいと話されています。

 薬の認可を得るまでに莫大(ばくだい)な資金が必要ですので、戦略的にはできるだけ少ない抗体薬でたくさんのがんを治療できるようにしたい。がんの中では受容体「EGFR」を持つ種類が一番多いので、現在承認されているアキャルックスで先に取り組んだ理由はそこにあります。アキャルックスで2割5分のがんをカバーでき、次の抗体薬で2割5分を治せたら5割に達します。一つの抗体薬でできるだけ多くのがんをカバーしないと開発費がかかり過ぎます。

 -希少がんについてはどうでしょうか。

 希少がんが後回しになってしまうのは仕方がない部分もありますが、例えば前立腺がんでは特異的な抗原があり、8割をカバーできます。抗体薬が結び付く良い抗原が見つかれば、希少がんでもやっていくという戦略もあり得ると思います。

 -現状ではがんの種別ごとに治験をして薬事承認を得る必要がありますね。

 一つの薬で、がんごとに切り分けた治験をしないといけない制度になっています。分子標的薬の承認時には同じ標的を持つ別の部位のがんに適用を広げている例もあるので、認可の方法が何らかの形で変更されれば、もう少し早く目標に到達できると思います。

 -資金調達も課題になります。

 そこが一番のネックになると思います。(楽天と楽天メディカル社CEOの)三木谷浩史さんの力もあって、米国でもいろんな出資を得ていると聞いています。さまざまな治験が進んでいますし、2剤目の開発もありますので、ここの研究所で完璧な薬を作って、共同で進められるといいのですが。NIHのプロジェクトは米政府の予算を受けていますし、いろいろな資金で進めたいと思います。

 -米国で長年研究を続けて治療法を開発されましたが、苦労の連続だったそうですね。

 米国で研究を続けたのは一期一会とタイミングだったのですが、私の場合は決して潤沢な資金があったわけではありませんでした。若手研究者と2人だけで研究を続けた時期もありました。あくまで私の経験ですので全ての人に通用するかは分かりませんが、チャンスとしてやらせてもらえる環境があるかどうかが大事です。

 -日本の研究環境についてはどう考えますか。

 概して言えば、日本の研究環境の方が厳しいと思います。できあがった技術に大きな資金は付きますが、この治療法のように全く何もないところから出てくる新たな芽を育てるのは難しいと感じます。種があっても水がないと育ちません。かつてのようなバラマキは良くありませんが、ある程度広く均等に水をまくのも必要だと思います。

 -米国の研究も多忙なようですが、日本での研究も始めるのですね。

 全ての研究は患者のために意味があります。関西医大の研究所は企業のお金が入ってないので、純粋にアカデミックな、学際的なものがつくれます。楽天メディカルなどの企業や私のラボで学んで国内各地に戻った研究者たちにとっても、前臨床の研究施設が必要になるので連携を進めたいと思います。

 -企業の出資を受けず、距離を置いているのがポイントなのでしょうか。

 企業の出資だと、例えば経営者の顔を見るといったことが起こり得ますが、大学なら誰の顔色もうかがわずに真実だけを追い掛けられます。この治療法は科学的な理論に基づいて1からつくった技術なので、間違えずに進めるということが一番大事です。アカデミックに、学問的に深める研究所が必要なのです。

 -現在は頭頸部がんの再発患者のみが対象ですが、今後に期待する患者は多いと思います。

 今はお助けできる患者は限られますが、これまで手詰まりだったところに保険適用で新たな治療のチョイスができました。過度な期待を抱かせてはいけないというジレンマはありますが、可能性として見ていてほしいという思いです。あらゆるがんを完璧に治しますというのは無理ですが、小さくして長く生きられたり、何十パーセントかは必ず治したりと貢献はできると思います。

 -適用でないがん患者は現在の治療を優先してほしいということですね。

 はい。今ある治療法で頑張っていただいて、将来的には治療できるがんをどんどん広げる気持ちで動いています。過度な期待は良くないですが、がん患者にとって、もう一つ手だてができたので新たな希望の光として待っていてほしいと思います。(了)

 ※光免疫療法

 2020年9月、新しいがんの治療法に使用される医薬品が世界で初めて日本で薬事承認された。その方法は、がん細胞とだけ結び付く抗体薬を投与して、翌日患部に人体に無害なレーザー光を照射してがん細胞を壊すというもの。小林久隆・米国立衛生研究所(NIH)主任研究員が開発し、11年に論文を発表した。がんに対する免疫を高める利点があり、手術、抗がん剤、放射線、免疫チェックポイント阻害薬に次ぐ、第5のがん治療法として期待される。現在は頭頸部がんの再発患者が対象で、薬や機器の開発販売は楽天メディカル社(米)が担っており、クリニックで治療は受けられない。

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