前立腺がん〔ぜんりつせんがん〕 家庭の医学

 前立腺にできるがんです。初期にはほとんど症状はなく、すこし進んでくると排尿困難などが生じますが、症状だけでは前立腺肥大症と区別できません。排尿の症状が軽い段階でもがんが骨などに転移する場合があり、そうなると骨の痛みから前立腺がんと診断されることもあります。

[診断]
 診断は、血中の腫瘍マーカーである前立腺特異抗原(PSA)が高いことから疑い、前立腺の生検(組織を一部採取して病理検査をおこなう)により確定します。
 PSAは4ng/mLを基準値として、それより高ければ生検を勧めます。ただし、それより低ければがんはないというわけではありません。特に40歳代、50歳代では2ng/mLを超えれば生検をすすめるという考え方もあります。また逆に、PSAが高ければがんがあるかというと、必ずしもそうではありません。前立腺肥大症や前立腺炎(急性前立腺炎慢性前立腺炎)でもPSAは高くなります。つまり、PSAはスクリーニングとして優れていますが、それだけでは診断できないということです。
 ほかには、超音波(エコー)検査やCT検査、MRI検査などがおこなわれますが、これでも確定はむずかしいです。さらに、生検をおこなってがんがなくても、安心できません。生検は前立腺の全体から組織をとっているわけではないので、がんがあってもたまたまがんに当たらなければ診断できません。疑われる場合は、くり返して生検をおこなうことになります。
 がんの診断がついたら、がん細胞の悪性度をみます。同じ前立腺がんでもその細胞の悪性度には幅があります。悪性度の低いがん(高分化がん)では死にいたることはほとんどありません。いっぽう、悪性度の高いがん(低分化がん)では予後(病気の経過についての見通し)がわるいです。
 次に、がんのひろがりを検査します。前立腺の中にとどまっているか、周囲にひろがりつつあるか、転移しているかなどの検査です。これらは、CTやMRI、骨シンチグラフィ(放射性物質を注射して骨への取り込みを調べる)などで検査します。前立腺がんは骨に転移しやすい特性をもっています。

[治療]
 前立腺にがんがとどまっている場合の治療は、根治的な治療が原則です。手術で前立腺を摘出する前立腺全摘除術です。
 手術方法は、以前は開腹手術しかありませんでした。その後、腹腔鏡(ふくくうきょう)を用いた手術がひろがり、最近ではより細かい操作が可能なロボット支援手術が一般的となっています。より精密な手術ができるようになったので、輸血が必要な程度の出血はほとんどなく、術後の尿失禁や男性機能の障害も起こりにくくなりました。

 手術以外でも放射線治療があり、体外から放射線をあてる治療(外照射治療)のほか、前立腺の中に小さな放射線の線源を多数埋め込む治療(密封小線源治療)もおこなわれています。

 いずれの治療を用いても、早期で発見された場合は前立腺がんで死亡することはまれです。最近では、あえて治療をおこなわないでPSAの値の推移を見ながら、しばらく時間をおいて再度生検をおこない、病気の進行程度を監視していく治療(監視療法)をおこなう施設もふえています。ただし、この治療を受ける場合はPSAのための血液検査や生検を定期的に受ける必要があり、またその間にがんが進行してしまう危険を承知していなくてはなりません。
 がんが前立腺外にまで進展している場合も、手術や放射線治療をおこなうことがあります。その場合には他の治療も組み合わせます。さらにがんがひろがって、リンパ節や骨などの他の臓器に転移した場合は、全身的な治療である内分泌治療が主体となります。内分泌治療の原則は男性ホルモンの作用を抑えるところにあります。両方の精巣(せいそう)を摘出して男性ホルモンの分泌をなくす方法や、脳下垂体の黄体ホルモン刺激ホルモン(LHRH)に似た薬剤(LHRHアゴニスト)もしくはLHRHの作用を抑える薬(LHRHアンタゴニスト)を注射するという治療法もあります。いずれも、精巣から出る男性ホルモンを抑えます。しかし、これだけでは男性ホルモンは完全にはなくなりません。そこで、男性ホルモンの作用を完全に抑えることを目指して、抗男性ホルモン薬を併用することもあります。
 ほとんどの前立腺がんではこれらの治療がよく効きます。しかし、数年たつと半数以上の場合で再燃(症状がおさまっていた病気が再び悪化すること)してきます。その場合は、抗男性ホルモン薬の種類を変えたりしますが、効果が十分でないと抗がん薬を用いた治療となります。最近ではかなり有効な抗がん薬も開発されてきています。
 内分泌治療による副作用は、男性の性機能障害や骨が弱くなることです。糖尿病や心臓の機能障害を起こすこともあります。

(執筆・監修:東京大学大学院医学系研究科 教授〔泌尿器外科学〕 久米 春喜)
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