特集

新しい選択肢、患者の希望に
~「第5のがん治療」開発者・小林久隆氏に聞く~

 「第5のがん治療」とされる光免疫療法の新薬が世界で初めて薬事承認されて1年半。副作用が少ないと期待が集まり、各国で臨床試験(治験)が進む。治療法を開発した小林久隆・米国立衛生研究所(NIH)主任研究員が取材に応じ、「手詰まりだったところに新しい治療の選択肢ができた。対象のがんを広げるべく研究を進めているので、希望の光として待っていてほしい」と語った。(時事通信大阪支社 山中貴裕記者)

取材に応じる小林久隆NIH主任研究員=3月1日、大阪府枚方市

取材に応じる小林久隆NIH主任研究員=3月1日、大阪府枚方市

 -2021年1月に光免疫療法による治療が世界で初めて国内で始まり、これまでに40人が治療を受けました。対象は頭頸部(けいぶ)がんの再発患者に限られますが、治療実績をどう見ますか。

 症例数も増えており、うまくいっています。痛みや腫れなど、まだ改善しないといけない点があるとは聞いていますが、ほぼ期待通りの効果が出て、ここまで順調にきていると思います。

 -治療は、がん細胞に結び付く抗体薬を投与し、患部にレーザー光を照射してがんを壊す仕組みです。副作用が少なく、患者の負担も少ないそうですね。

 早く効果が出るのが、この治療法の良いところです。満足感というとおこがましいですが、患者さんには「良かった」と思っていただきやすいと思います。

 -クリニックでは治療できませんが、治療可能な医療機関は大学病院など約60施設まで拡大しました。

 思った以上に多くの施設で導入してもらっています。初めての治療法は医師の側にもハードルが高いのですが、光を照射する手技が簡単なので受け入れてもらいやすいと考えています。

 -現在も最終段階の治験が進んでいて、国内では条件付き承認です。今後の治験のポイントは。

 米の国立がんセンターで、がんができた初発の患者に対する治験が始まりました。光でがんを壊して小さくした後に手術を行うのです。これまで手術前に抗がん剤、放射線治療をすることはありましたが、最初に光免疫療法を使って手術を回避できれば患者にとってはベストです。そのための治験がやっとスタートしました。

 -光免疫療法を抗がん剤や手術など、従来の治療の前に使えるようにしたいと話されています。

 放射線や抗がん剤は体の免疫を落とす方向に作用します。しかし、光免疫療法は、がんを壊すだけでなく、壊れたがんから放出された大量の抗原が免疫細胞に吸収されるため、がんを攻撃する免疫が活性化します。早い段階で使うほど免疫が起こりやすいことが動物実験で分かっているので、従来の治療法の前に使うのが良い。治験の結果が出てないので何とも言えませんが、がんを壊し、免疫を上げてから手術できますので患者の負担は確実に減ると思います。

光免疫療法の仕組み(図解)

光免疫療法の仕組み(図解)

 -この4月には関西医科大学(大阪府枚方市)に光免疫医学研究所が設置され、所長に就任されました。

 基礎研究と臨床の間をつなぐ研究所として、良い形で準備できました。箱は整いましたので魂を込めるつもりでやっていきます。

 -三つの部門を設けたそうですね。

 まず、基礎研究として私がこれまでやってきた新規薬剤と光を照射するデバイスの開発を産学連携で進めます。次に、完治する率を上げるためのがん免疫の研究です。三つ目は、臨床との連携を強化するため、病理学の研究者が治療前後の患者の組織を調べます。

 -患者の検体を調べることで臨床を支援するのですか。

 はい。患者の組織を解析して、治り具合を調べる意義は大きく、臨床との接点という面で大事です。動物実験の組織との比較も可能ですし、国内では治療が始まっていますので、より効果を高めるための研究も進めます。

 -世界で研究が始まっていますが、国内に研究拠点ができる意義を改めて教えてください。

 光免疫療法の研究にとって、日本で基盤となるセンターができるのは非常に大きな意味があります。例えば、近くの大阪大学医学部には、放射線画像を使って高精度な針穿刺の技術を持つ先生がいます。現在治療できるのは表層がんですが、体内深くにできるがんに光を照射する研究が始まります。神戸大学医学部附属病院には臨床に特化した「光免疫治療センター」が、関西医科大学附属病院にも「光免疫療法センター」ができました。こうした所と連携を深めて、全国でネットワークをつくる拠点にしたいと考えています。

レーザー光を照射する光免疫療法の模擬実験=関西医科大提供

レーザー光を照射する光免疫療法の模擬実験=関西医科大提供

 -科学として研究を掘り下げるのと患者の治療を充実させる実用化は違う面があるそうですが。

 基礎研究と臨床のベクトルはややずれますが、得たものは相互に生かせますので、できるだけ間を埋めることで両面攻撃します。がんに対する免疫を完成させることができれば完治につながりますから基礎研究の意味は大きいのです。

 -基礎研究の成果を治療にフィードバックしていくということですね。

 免疫を高めるためにどの細胞の、どこの部分を狙うか。新型コロナウイルスでスパイクタンパク質が注目されましたが、くっつき方も重要になります。(独占ライセンスを持つ)楽天メディカル社も免疫を活性化させる新しい抗体を用いた治療を計画していますが、NIHではさらに良い新規の抗体を既に作っており、臨床研究までの予算が付いています。

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