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5Gで救急医療の革新を
~聖マリアンナ医大などが実証実験~

 救急医療が高速大容量規格「5G」によって大変革するかもしれない。救急車や救急病院、同病院内をそれぞれ5Gで結び、指導医が病院内のオペレーションルームで映像やデータを見ながら救急車や病院内の複数の手術室・検査室のスタッフに的確な指示を与える。そんなシステムができれば、助かる命が増えるだけではなく、医療現場の働き方改革につながる可能性がある。

 総務省の「2022年度課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に採択された事業に、聖マリアンナ医科大学とITサービスのトランスコスモス、NTTコミュニケーションズ、川崎市が参加。昨年12月、同市宮前区の同医科大病院で実証実験を行った。公開された実験の模様をリポートする。

高精細カメラで患者の映像を送れる救急車

高精細カメラで患者の映像を送れる救急車

 ◇複数の映像を同時配信

 市消防局の救急車1台に、高精細カメラや360度カメラを搭載。救急救命士はウエアラブルカメラを装着しており、それぞれのカメラで撮影した患者の様子を川崎市立多摩病院と聖マリアンナ医大病院に携帯電話会社(キャリア)の5Gで同時に送信する。現状は、救急救命士がPHSの音声のみで患者の様子を口頭で医師に伝えて指示を仰ぐのだが、実験ではオペレーションルームにいる同大の指導医が、モニターに映った患者の顔色や心電図のグラフを見ながら車内の救急救命士に強心剤やアドレナリンの投与を指示。チューブの入れ具合も画面で確認でき、指導医はデータを見ながら「呼吸が速い」と注意を促す。狭い車内で緊急を要する際に、ベテランの救急救命士でも視野が狭くなるのを防ぐ効果がある。

 実験に参加した救急救命士も「医師にリアルタイムで見てもらっているという安心感がある。救命措置が今より広がるのではないか」と期待していた。

 聖マリアンナ医大病院は院内にローカル5Gを開局。同病院救命救急センターの緊急手術室、緊急検査室、X線検査・CT(コンピューター断層撮影)検査室、血管撮影室、緊急内視鏡設備、救急車や多摩病院での患者の様子を360度カメラや高精細カメラ、ウエアラブルカメラなどで撮影してオペレーションルームの壁掛けモニターに映し出す仕組みだ。

 オペレーションルームの指導医の横には調整員と呼ばれるスタッフが座り、患者の血圧などのデータを打ち込む。現状は医師や看護師がその場で、または記憶を頼りに後で入力しているが、リアルタイムでデータが関係者全員に送られ、スピードと正確さが格段にアップする。

 救急車の様子が一目瞭然のため、患者がいつ到着するのかが分かり、医師や看護師らの待機時間を短縮できる。また、検査室や手術室へ医師らが集団で移動する必要もない。

 そのため、経験の浅い医師が手術に立ち会っても、指導医が「エコー(超音波検査)を作動させる前に外傷を確認してください」「もう少し患者の顔を見せてください」などと指示。機器が不調の際には別の機器を使用するようアドバイスする。あたかも指導医が隣にいるかようで、経験の乏しい医師でも落ち着いて執刀できる可能性が高まる。

 麻酔科や内視鏡の医師不足解消にもつながるという。内視鏡室での内視鏡検査や手術室での挿管手技は現在、ベテランの医師が現場に行って処置や診断をしている。5Gによるシステムが構築されると、モニターの映像やデータを基に、指導医がオペレーションルームに居ながら麻酔の掛かり具合などをチェックできる。複数の患者の同時検査も可能だ。

患者を無人で運ぶ自律走行ロボット

患者を無人で運ぶ自律走行ロボット

 ◇自律走行ロボで看護師の負担軽減

 実証実験では、自律走行ロボットで患者を移動できるかどうかも探った。既に実用化されている自律走行ロボに高精細カメラと360度カメラを搭載。ロボに乗車した患者の様子や走行路に人がいないかなどをオペレーションルームで確認しながら移動させる。これも高精細の映像を5Gで結んでモニターに映し出す。

 聖マリアンナ医大病院では普段、病室と検査室やリハビリテーションルームなどとの移動には看護師らが同行する。1日当たり1000~2000件に達するという。移動への付き添いがなくなれば、看護師の負担が大幅に減るだけではなく、看護師を担当病室に張り付かせ、患者への目配りを充実させられる。また、看護師一人ひとりが端末を持ち、患者の様子などをその場で入力するため、ナースステーションと病室などを行き来する必要がなくなる。

 実証実験の結果を踏まえ、同大の森沢健一郎准教授は「5Gで伝送される映像はクリアで遅滞なく滑らかなことが分かった。これまでのようにPHSによる1対1の伝達ではなく、多人数で複数の情報を共有できるようになり、また聞きによるエラーが減る」と成果を強調した。

 一方で課題も多い。そもそも5Gがいつ本格運用されるのか。必要なカメラやシステムが高額で、すべての救急車や病院に配備されるには相当の経費が必要となる。指導医の確保も大きな問題だという。夢の救急医療の実現には幾つもの山を越えなければならないが、一刻も早い実現が望まれる。(解説委員・内部学)

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