「医」の最前線 新専門医制度について考える

外科の概念が変わる、最先端医療に挑む 
~脳神経外科医の社会的な役割とは~ 第16回

 画像技術や医療機器の進歩により、近年の脳神経外科医療の発展は目覚ましく、特に脳血管内治療や内視鏡手術の技術が飛躍的に向上している。かつては治せなかった病気を、より安全に治療することが可能になった。脳神経外科医は一刻を争う疾患や原因不明の難病を扱うイメージが先行するが、術前の診断や術後の管理、予防やリハビリ、慢性疾患まで幅広い領域に精通して診療を行っている。日本脳神経外科学会専門医認定委員会で委員長を務める齊藤延人医師(東京大学医学部脳神経外科教授)に現状や専門医の役割について聞いた。

図表

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 ◇脳、脊髄、末梢神経系の神経疾患全般をカバー

 日本脳神経外科学会では、「脳神経外科とは、脳、脊髄、末梢(まっしょう)神経系および、その付属器官(血管、骨、筋肉など)を含めた神経系全般の疾患の中で、主に外科的治療の対象となり得る疾患について、診断、治療を行う医療の一分野」と定義付けされています。

 取り扱う疾患は、脳梗塞脳出血くも膜下出血などの脳血管障害(脳卒中)や脳腫瘍頭部外傷・脳神経外傷・意識障害における救急対応、てんかんパーキンソン病顔面けいれん三叉神経痛などの機能的疾患、髄膜炎脳炎・脊髄炎といった感染症(炎症性)疾患、頭痛、腰痛、神経痛などの脊髄・脊椎・末梢神経疾患、先天性水頭症先天異常、小児脳腫瘍もやもや病などの小児疾患まで血管・骨・筋肉の神経疾患全般の幅広い領域をカバーしています。

 ◇脳神経系疾患の総合診療医としての位置付け

 海外では脳外科医が手術だけを専門に行っている国も多いのですが、日本の場合、脳神経外科医の守備範囲は広く、外科手術だけを行っているわけではありません。脳・神経系の病気の予防、診断からリハビリ、慢性疾患の長期的な管理までを幅広く担当しているというのが大きな特徴です。

 例えば、交通事故などによる頭部外傷脳卒中などでは一般的な救急対応や処置に始まり、必要に応じて手術治療までを担当します。また、意識障害の患者さんに対しては初期診療や画像診断の段階から各病院内でも頼りにされることが多く、診断結果に応じて外科的治療も行います。脳腫瘍では摘出手術ばかりでなく、化学療法や放射線治療も含めた集学的治療のアレンジも脳神経外科医が担当します。脳卒中後のリハビリや予防のために脳ドック、慢性頭痛の薬物療法など、さまざまなモダリティの治療を専門としている医師もいます。

 新専門医制度では、脳神経外科は一般外科、内科、産婦人科、小児科と同じく基本領域に属しています。脳神経外科専門医の立ち位置としては、神経系疾患全般にわたって幅広い領域を扱うということで、脳神経疾患の総合診療医としての重要な役割を担っています。さらに、その上の専門は細分化した各エキスパートが、より高度な治療を行うと考えていただければと思います。

 ◇年間の発症患者数約29万人、脳卒中医療における中心的な役割

 近年、脳卒中の急性期の医療技術は飛躍的に進歩し、高度な治療を行うための診療体制の整備が進められてきました。また、高血圧や脂質異常症などの生活習慣病の治療による脳卒中の予防も進み、かつて死因トップであった脳血管疾患の死亡者数は大幅に減少しました。けれども、脳卒中は高齢になるほど発症率が高まりますので、高齢化社会においては依然高い水準であることには変わりありません。

 脳卒中の治療は時間との闘いであり、急性期脳梗塞の治療法である血栓溶解療法(rt-PAの静注療法)の適用は発症から4時間半以内という時間の制約があります。脳血管に詰まった血栓を血管内手術の方法で取り除く血栓回収療法は、その状況によって発症後6〜24時間までの症例に適応できます。発見が遅れる、医療機関が少なく到着するまでに時間がかかるなど、治療開始が遅れれば重症化し、命は助かっても後遺症で要介護状態になってしまいます。

 脳神経外科医も多数参加している日本脳卒中学会では、病院が少ない過疎地も含め、全国に24時間体制で治療が受けられる拠点病院を認定し、全国の脳卒中急性期に対応できる体制づくりを強化しています。

 ◇血管内手術や内視鏡手術などの侵襲の低い新しい治療法が急速に進歩

 脳神経外科領域でも画像診断の技術の向上や治療機器の進化により、より精度や安全性の高い治療が可能になりました。特に血管内から病変にアプローチする血管内治療や、小さな開創で病変を治療する内視鏡手術が急速に進歩しています。

 血管内治療は、股関節近くの大腿(だいたい)動脈からカテーテルを挿入して、動脈瘤(りゅう)や血管奇形などの病変を閉塞(へいそく)したり、狭窄(きょうさく)・閉塞した血管を広げたり再開通させたりする治療法です。開頭手術に比べて創部が小さいので、患者さんにとっては術後の経過が楽です。

 鼻の穴から病変にアプローチする経鼻内視鏡手術は、開頭手術に比べて剃髪する必要がなく、頭部に傷もできないため、患者さんにとって安心感があり、心理的にも大きなメリットがあります。ただし、開頭手術に比べて低侵襲ではありますが、病変の位置や状態によっては難しい場合もあります。また、術後に鼻の機能が低下したり、不快感により集中力が低下したり、精神面の悪化を招いたりすることもあります。治療法を選択するに当たっては、低侵襲の治療が必ずしも低リスクではないということも考慮しておく必要があります。

 ◇日本で最初に発足した脳神経外科の専門医制度

 日本脳神経外科学会の専門医制度は1966年に麻酔科学会とともに、他の診療科に先駆けて専門医制度をスタートさせました。当初から専門医訓練施設を整備し、知識と技量を持つ医師の養成を行い、「脳神経外科専門医」として認定してきたことで医療の質を担保してきました。

 現制度では、脳神経外科専門医になるためには2年間の初期臨床研修を終了後、プログラム制で脳神経外科の専門医研修を受け、認定試験に合格すれば、最短で卒後7年目に脳神経外科専門医となります。専門医の取得の頃には緊急処置や救急手術はおおむね可能になりますが、その後も、さらに高度な治療ができるようになるために修練を積んでいきます。

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